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慶應義塾大学理工学部のフランス語教育

小林 拓也(慶應義塾大学)

基本データ

慶應義塾大学理工学部は11の学科から形成され、1学年は約1,000人、1~2年生は横浜の日吉キャンパス、3~4年生は隣接する矢上キャンパスで学んでいます。2年進級時に学科、4年進級時に研究室を選択し、卒業後は約7割が大学院へ進学します。 

1年時に英語以外の1言語(週2回)が必修となっており、入学前にドイツ語、フランス語、ロシア語、中国語、朝鮮語の中から選択、それによりクラス編成も行われます。2017年度の内訳は、順に36.2%、30.8%、3.1%、26.1%、3.8%です。「ドイツ語が最大派閥」、「スペイン語がない」、「ロシア語の専任教員がいる」などが、他学部や他校の方から驚かれる事項です。

そんな中、フランス語では15名の教員(内、語学担当専任は3名)により、1年生の10クラスや2つの既修者クラス、主に2年生を対象とした週3回のインテンシヴコースなど、各学期およそ25の授業が提供されています。特徴的なこととしては、「1年生各クラスは、1人の教員が週2回を受持つ」、「3~4年生や大学院生対象の授業も開講されている」、「フランス語のみで数学や物理を学ぶ授業がある」、「夏にはIMT-Atlantique、春にはCentrale Nantesでの短期語学研修プログラムが用意されている」などがあり、学生たちのフランス語熱は一般に想像されているよりも遥かに高く、高度で実践的な教育が行われています。その決定的要因となっているのが、理工系3大グランゼコールの1つ、Écoles Centralesとのダブルディグリープログラムです。

Écoles Centralesとのダブルディグリープログラム

本プログラムは、3年時の6月に渡仏、2年間を過ごした後、帰国して修士課程を修めると両校から学位が授与されるというものです。パリ、リヨン、マルセイユ、リール、そしてナントに校舎がありますが、学生の所属先はフランス側の判断に委ねられます。いずれにせよ、一般教養や語学も含まれる多くの必修科目は全てフランス語、企業や国際機関などでのインターンも行わなければならないという、おそらくは文系の博士課程留学と同等かそれ以上に過酷なものです。

2006年以降、平均して毎年6.4名が派遣されていますが、それ以外にも選考で落とされたり、出願を思いとどまる学生もいます。また、「交換」留学制度ですから、フランス側からも平均して毎年12.5名が2年間を矢上で過ごすためにやって来ます。こうした人々と日々触れ合うことで、「フランス」やフランス語学習はキャンパス内で身近なものとなっています。カフェテリアや喫煙所がフランス人に占拠されていることはよくありますし、彼らをTAとして雇用する制度もあります。また、OFJという日仏学生交流団体も、エシャンジュやピクニックなど、学内外で様々な活動を行っています。

プログラム参加希望者には、フランス政府給費留学生試験を受験することを強く勧めています。2015年度は2名、2016年度は5名が合格、今年度も数名がチャレンジする予定です。文系の方によく驚かれる数字ですが、派遣先がG. エッフェルやA. ミシュラン、A. プジョーなどを輩出した名門であること、プログラムの理念が、「現代社会に必要とされる国際的な視野、そして深い専門知識とを併せ持つ国際エンジニアを育成する」ことであること、そして修了者たちが、実際に日仏の懸け橋となるべく様々な分野で活躍していることなどを考えれば、決して偶然によるものではないはずです。

仏検の活用

2016年度からは、仏検受験も積極的に教室運営に取り入れています。学生たちのさらなるモチベーションアップと、修士課程までを含めた6年間の学習の指標とするためです。同時に団体コードを取得し、様々なデータの提供も受けるようになりました。既にその絶大な効果を実感しているところですが、事務局へのお礼を兼ねたささやかな情報提供として、いくつかの数字を示してみたいと思います。

まず、これまで3回(16春・秋、17春)の結果ですが、総計で2級7名、準2級30名、3級61名、4級23名、5級6名の合格者を出すことができました。受験はあくまで任意で補助金や単位認定はなし、長時間に及ぶ実験演習などの合間を縫ってのやりくりとなりますので、既修者以外の1年生や3~4年生の受験は少なく、短・長期の留学を考えている2年生が中心となっています。

また、今年度より、「学部卒業までに準1級、大学院修了までに1級」という目標を立てています。上記のダブルディグリーの修了者も考慮に入れれば、十分実現可能なものと考えています。そのためには、初修者の場合、「1年秋に4級、2年春に3級、秋に準2級、春の研修に参加し、3年春に2級、4年秋に準1級、M2春までに1級」、既修者の場合、「1年春に3級、秋に準2級、2年春に2級、夏の研修に参加し、秋に準1級、M1春までに1級」、そしてダブルディグリーに参加する場合は、「出発までに2級以上、帰国後の春に1級」という目安を設定しました。そのためのカリキュラムは軌道に乗り始めていますし、団体コードや上記ステップも浸透しつつあるので、合否一覧表にその結果が現れる日も、そう遠くはないと信じています。

おわりに:理系こそフランス語!

以上、慶應義塾大学理工学部のフランス語教育を手短に紹介させて頂きましたが、考えてみれば、実は理系こそフランス語を学ぶべきであり、教室外で活用することのできる機会は文系よりも遥かに多いのかもしれません。事実、フランスはCERN(欧州原子核研究機構)やパストゥール研究所などの研究機関、また、EVで先行するルノー、航空機のエアバス、鉄道車両のアルストムといった企業を抱え、歴史的にもフェルマーやフーリエ、ラヴォワジェなどの科学者を輩出した理系大国です。さらに、理工学とも強い繋がりのある農業や金融といった分野でも参照されることが多いのは周知の事実です。また、国連やWHO、ITUなどのフランス語が公用語である機関や、今後発展の見込まれるフランス語圏のアフリカ諸国などでは、理系の人材やその知識は一層求められることになるでしょう。

実際の研究や仕事は英語が中心とはいえ、街の中や同僚との会話はフランス語となるケースは多いはずです。事実、理系の教員や学生の方が海外出張や国際会議への参加には慣れており、「現地でフランス語を使ってきた!」という話をよくききます。

このように、理系こそ、実はフランス語を活かす機会に恵まれているのです。数年前の本欄で紹介された韓国のフランス語事情(2014年9月号、p. 1-3)のように、悲観的な文系とは裏腹に、理系や職業的な領域では、実はフランス語、そしてフランス語教育の未来は明るいのかもしれません。