香川大学のフランス語教育

金澤 忠信(香川大学准教授)

香川では高松市中央公園内にある香川国際交流会館(通称「アイパル香川」)が仏検の会場になっています。昨年度からは2級と準2級の2次試験もこちらで開催するようになり、香川県内だけでなく四国の他県からも受験者の方が来るようになりました。香川県在住のフランス語話者はそれほど多いわけではないので、2次試験を開始するにあたって試験員探しに苦労すると思われましたが、適任者が見つかり、無事に実施することができています。

香川大学の学生で仏検を受験する学生は、現段階では正直あまり多いとは言えません。一応フランス語の授業の達成目標として、1年生前期までの学習で仏検5級、後期までで4級、2年生前期までで3級合格を奨励していますが、受験料など経済的な問題も含め、大学として義務化するまでに到るのは難しいのが現状です。履歴書の資格の欄に書けますよと言うだけでは、学生はなかなか重い腰を上げてくれません。

香川大学には教育学部、法学部、経済学部、医学部、工学部、農学部があり、全学共通科目の初修外国語には、ドイツ語、フランス語、中国語、韓国語があります。近年の一般的傾向にならい、中国語と韓国語を履修する学生が増えています。例年フランス語履修者よりもドイツ語履修者のほうがかなり多く、これは香川大学の特徴あるいは伝統と言っていいかもしれません。いずれにしてもフランス語教育にとって必ずしも好ましい状況ではありませんが、とはいえ履修者数が極端に減少しているわけでもありません。毎年全学部合わせて100人あまりの1年生がフランス語を選択しています。

学部・学科によって多少事情は異なりますが、学生は1科目2単位として既習外国語(基本的に英語)6単位と初修外国語4単位か、あるいは既習外国語4単位と初修外国語6単位か、どちらかを選べるようになっています。後者を選んで2年生の前期まで初修外国語を履修するのは、フランス語では4分の1程度でしょうか。そもそも工学部、農学部は初修外国語が必修ではなく、その卒業要件も4単位であるため(これは医学部も同様)、カリキュラムの都合もありますが、理系で2年生になってもフランス語を継続する学生はほぼ皆無です。これは語学教師としては残念なかぎりです。工学部、農学部の数少ないフランス語履修者には、むしろ理系の人こそ外国語の勉強をして、大学で身につけた知識と技術を海外で活かせる人材になってくださいと授業中に言っています。ただ、たしかに香川大学には文学部や人文学部がないというのも、フランス語を長期的に、あるいは専門的に学ぶ学生が少ない理由のひとつかもしれません。また、卒業後も地元の中国・四国地方に就職する学生が多く、海外にまで目を向けたり行ったりしようとは思わない、いわゆる内向き傾向もいくらかあるように感じます。

既習外国語、初修外国語ともに、ほぼ毎年海外研修を行っており、10日から2週間程度、現地の語学学校や協定校に学生たちを連れて行っています。しかしこれまでフランス語の海外研修だけずっと行われていませんでした。学生からの要望もあり、今年度からはフランス語も海外研修を行うことになりました。実際に参加するのはおそらく10数名程度だと思われますが、参加希望学生らは当然モチベーションが上がり、それだけで授業の雰囲気ががらっと良くなったような印象があります。今後フランス語の海外研修が毎年行われるようになれば、参加した学生が2年生、3年生になってもフランス語を継続して学ぶようになり、また研修の経験を他の学生に話したりして、それが結果的にフランス語履修者の増加、ひいては仏検受験者の増加につながるのではないかと期待しています。ただ、他の言語も含め、この海外研修は経済学部の科目のため、学部によっては参加はできるけれども単位にはならないという問題もあります。今後はそうした制度上の改革をしていく必要がありますし、海外研修に参加した学生がそのあと長期留学することができる協定校を開拓しておく必要も出てくるでしょう。現在でもサヴォワ大学はじめフランスの大学といくつか協定はあるのですが、主に工学部のインターンシップ等に限られており、現地でフランス語を、あるいはフランス語で学ぶ環境が整っているとは言えません。交換留学を促進するためには、こちらから学生を派遣するのもそうですが、当然こちらでの受け入れ態勢も準備しておかなければなりません。香川は瀬戸内の島やお遍路など観光資源が豊かなので、将来こちらに来る学生にはそうした地方独特の文化を学んでもらえたらと思います。また、こちらから行く学生にも、海外のことを学ぶのと同じくらい、自分たちの文化についてよく知ってほしいと思います。たとえ短期間の滞在であっても、外の世界を知ることで、翻って自分たちの社会や文化をよりよく理解できるようになります。むしろそれこそが外国語や異文化を学ぶ醍醐味というか理由なのではないでしょうか。

もうひとつ、香川大学でのフランス語教育の一環として、生涯学習教育研究センターでフランス語の公開講座を担当しています。これも昨年度前期からの試みで、当初は正直高松にそんなにフランス語学習者がいるだろうかと思ったのですが、平日の昼間にもかかわらず、20名近くの方が受講しに来てびっくりしました。私設の語学学校と競合しないようにという指摘を受けたこともあり、それならばせっかく大学で行う授業ということで、徹底的に「読む」スタイルにしました。最初は半期10回の授業で終わりにしようと思っていたのですが、続けてほしいという要望があり、昨年度後期、今年度前期、そして今年度後期も行うことになりました。社会人の方は本当に勉強熱心で、教師にとっても大きな刺激になっています。さきほど少し触れたように、経済学部や法学部の学生相手にある程度の量のフランス語の論説文や文学作品を読む授業というのはなかなか厳しいので、社会人の方を相手にこちらがやりたいことをやらせてもらっているような感じです。今年度前期はルソー『新エロイーズ』の一部を読みました。まずはじめに「難しそう」という先入観を払拭することを心がけてやったのですが、最終的に「意外と面白かった」という反響が返ってきて、やってよかったと思いました。これからも、教師が面白いと思えないものを学生が面白いと思うわけがない、をモットーに、フランス語教育に励んで行きたいと考えています。もちろん授業で社会人の方にも仏検を推奨しています。なかにはフランスに滞在した経験のある方も何人かいらっしゃるので、上の方の級の受験者がもう少し増えてくれることを期待しています。

仏検2級:社会で活躍するための課題

豊島 秀宏(日本外国語専門学校)

当校のアジア・ヨーロッパ言語科 英語+フランス語専攻では、2年間で仏検2級合格を目標としている。1年生のときには、一通りの文法を学び、2年生になったら、専ら仏検2級の筆記問題および聞き取り・書き取り問題を解いていく。

仏検はそのときどきの客観的な学習到達度を見るためにも、また学生たちに自信を持たせるためにも格好の指標となる。当校で仏検を受験していくスケジュールは以下のとおりである。

1年生
前期 仏検5級
後期 仏検4級
2年生
前期 仏検3級
後期 仏検準2級・2級

かなりハードな学習過程であることは事実であるが、毎年このスケジュールを消化して、学生たちは当校を卒業していく。

特に学生たちにとってきついハードルはもちろん最後の仏検2級である。仏検3級までは学習に付いてこられた者の中にも、ここで挫ける者が出てくる。2級では、語彙数が増えて、長文で取り扱うテーマもかなり難解なものも出てくる。それまで単に語学の力だけで追いついてきた学生たちが、初めて本当の意味で言語を取り扱う抽象能力の高さを試されることになるのである。

外国語を学ぶことは、言語を扱うときに必要となる抽象的な思考を鍛えることであるのはいうまでもないが、初学者たちはそのことを特に意識しない。しかし、「言いたいこと」が高度になっていくと、それを表現するために、文型が複雑になり、語彙の抽象度が増す。そして、言語そのものを扱う能力が試されることになる。つまるところ、フランス語を上手く操れるかどうかは、日本語をどれだけ上手く操れるかどうかに比例してくる。その相関関係が如実に現れてくるのが、仏検2級からではないだろうか。単に語学が好きというレベルではこの仏検2級の壁を打ち破るのは難しい。この段階でフランス語の長文を読みながら、なかば日本語の現代文を読むように読解力を付けていくことが求められてくる。また教員の側ではそのことを意識した教え方をしないと、学生たちに本当の力を養成することができないだろう。

当校ではフランス語のオーラル・コミュニケーションについては、文法や検定対策と同じくらいの時間を割いて、フランス人と会話したり、その言葉を聞き取ったり、さらに発音を矯正したりする機会がある。そこで学生たちはフランス人の教員との交流を通じて、フランス人独特の感じ方や考え方を吸収していくことができる。このことは、先の抽象能力を具体的に伸ばしていくにはかなり有効であるはずだ。

また、パリの語学学校に2週間、語学研修をする機会もある。その際、学生たちは、教室で習っていたフランス語の世界から、生のフランス語が行きかうパリの街の中に放り込まれることになる。それまで教科書や教師からしか聞かれなかった言葉が、日常当たり前のように飛び交う光景を目にし、耳にし、そして否応もなく話すことを求められることになる。Bonjour! の言い方一つにしても、自然に目を合わせることに意識する必要が出てくる。また、フランスでは日本では普通挨拶をしない場面でも挨拶の言葉が行き交う。そんな場面に遭遇しながら、学生たちは生きた言葉を学んでいくことができるのである。そして、文法で学ぶ諸々の事項が、単なる机上のものではなく、言葉をより生き生きと円滑に使うために必要なものであることを実感する。この現地で得られる生々しい感触こそが、後に仏検2級取得を目標として険しい道を登っていくときの一番の確かな足がかりとなるのである。

最初に述べたように、当校では、2年間で仏検2級合格を目標としているが、それが当校が設定する最終目標ではない。というのは、当校は単なる語学学校ではなく、専門学校だからである。日本社会のなかで専門学校の一番大きな役割は、なによりもまず即戦力となる社会人を育成することである。

仏検2級取得したことを社会の中でどう生かすのか。そのことを考えることなしに仏検の取得をしても仕方がないということを、私は学生たちに口を酸っぱくして繰り返し伝えている。フランス語はいうまでもなくコミュニケーションの「道具」である。たとえば、刀を鋭く研ぐことばかりを考えていて、研ぎ澄まされた刀をどのように使うかに考えが至らない者には、おそらく一生その刀を使う機会は訪れないだろう。フランス語についても同様のことが言える。近い将来フランス語を使うとしたら、それは社会人としてであるということ。また、フランス語を使っている社会人であれば当然のように英語も使って仕事をする機会も増えているであろうこと。以上のようなことから、当校では英語および社会人教育にも力を入れており、カリキュラムのなかで大きな柱としている。

2年生になって、就職活動が始まったときに、仏検2級を取得することを目標にどのようなことに心を砕いているのか、そして仏検2級を取得した暁には、その能力をどのように社会に生かせるのかを、学生自身に考えさせていくこと。実のところ、これがフランス語を学んでいく学生たちに当校で私が課している一番重要な課題である。

この課題に対して、自分なりの定見が出来てくれば、フランス語が使えるということは、フランス語が使えない者よりも、確実にコミュニケーション能力の幅が広いということを誰に対してでも堂々と表現できる人間に成長することができるはずである。

そのような課題が課せられていることを意識し、乗り越えることができた当校の卒業生たちは、現在世界を舞台に活躍をしている。フランスで暮らしている者もいるし、商社で海外勤務をしている者もいる。旅行業界や金融業界で働いている者もいる。アパレルや流通の分野で働いている者もいる。

仏検2級取得は単なるゴールではない。当校の卒業生たちにとっては、まず社会人になるためのスタートにほかならないのである。

仏検への道

和泉 涼一 (茨城キリスト教大学教授)

茨城キリスト教大学はその名の通りミッション系で、地元の日立市では「シオン」の名称で親しまれています。創立は1967年。もともとは文学部のみの単科大学でしたが、現在では文学部・生活科学部・看護学部・経営学部(本年4月より)の4学部体制(入学定員550名)となっています。

1991年の「大綱化」以来、残念ながら本学でも第二外国語はあまり嬉しい境遇にはありません。文学部でこそ選択必修ですが、他学部では自由選択なのでほとんど履修者はいません。本学でも地方私学の例に漏れず、保育・福祉・栄養・看護といった職業直結型の学科が主流となり、教養教育全体が低調気味、というより壊滅状態である事実は否めません。また第二外国語のなかでもご時世なのか中国語と韓国語の履修者が非常に多く、フランス語はいまや「第五外国語」の地位に甘んじています。どうも暗い話で恐縮です。

さて、本学で仏検を限定的ながらも正式に導入したのは2000年度のことでしたが、検定試験を単位認定に利用するという発想は、容易には合意が得られませんでした。教員が導入に躊躇した理由を思い出すままに記すと以下の通りです。?単位認定に外部試験を利用するのは大学独自の教育を放棄することにならないか。?外国語教育というのは実用性のみを目的とするものではないはずだが、授業に出席せずに実用技能の検定試験にだけ合格すればそれでも単位を認定するのか。?外部試験を受験するには受験料や交通費や参考書・問題集の購入など相応の費用が掛かるが、希望者だけとはいえ授業料以外に金銭的負担を掛けるのはいかがなものか、などなど。

いずれもご尤もな見解で、私自身も深く同意するところがあります。しかし、それでもなお、学生が外部の客観的試験に挑戦し、そこで得た何がしかの評価が学内でも正式に認められることは学生にとって大いに励みになるだろうという確信がありました。それは、じっさいに受験した学生たちから、合否を問わず非常に良い反応があったからです。合格した学生はさらに上級の試験に挑戦する意欲が湧いてきたと言い、不合格だった学生も「次回こそは是非」という心意気を示してくれました。具体的な目標をもって勉強することは、外国語に興味のある学生にとっても、そしてそうでない学生にとっても、モチベーションの向上に確実に役立っていたのです。

これらの具体的事例にもとづき、また懸念を抱く人々の意見にも十分に配慮した結果として、仏検の利用については、現在では以下のような仕組みになっています。
?まず、学生はいかなる場合でも、本学の規程による出席回数(3分の2以上)を満たしていなければなりません。検定試験の合格をもって授業への出席が免除になることはありえないということです。これは、外国語の授業の目的は実用性に限られるものではないという意見(私もそう思います)を重視した結果です。ただし、もともと授業にはまじめに出席する学生がほとんどでしたので、この制約はあまり現実的な意味はないようです。?つぎに、学生は学内の定期試験を必ず受験しなければなりません。仏検だけを受験して合格すればそれでよし、ということではなく、大学の外国語の授業では歴史や文化、政治経済などさまざまな面を含む異文化理解の教育がなされており、定期試験ではそれらの知識も直接間接に問われるのが通例であるからです。?したがって学生は、仏検は受験せず定期試験だけを受験するか、定期試験と仏検の両方を受験するか、そのいずれかとなります。両方を受験した学生は、より好成績の方をもって単位認定に利用します。たとえば定期試験が65点で仏検が80点であれば、80点の方を採用するわけです。

ところで、近年の不況では、受験料もバカになりません。本学では、2009年度より、第二外国語の検定試験の受験料については年一度に限って各自1500円を奨学金として補助することになりました。大学の台所事情はシベリアの凍土の如くじつに厳しいのですが、これで学生たちが少しでもやる気を出してくれればというのがわれわれの意図するところです。さらに、同じく2009年度より、「外国語優秀賞」を創設しました。これは一定の級に合格した場合、学部から表彰されると同時に副賞として授業料が5万円免除になるという、本学ならではの心もフトコロも温まる制度です。ついでと言ってはなんですが、フランスへの短期語学留学の制度も2009年に発足させました。利用者はまだ1名ですが。

検定試験導入の是非はいまでも議論が絶えません。現に英語では話題にもなりません。私自身、検定試験をもって完全に大学の外国語教育に代えるという考えには大反対です。教育のアウトソーシングなんて学生にとっても教員にとっても悪夢でしかありません。第一、ご飯が食べられなくなります。しかし、仏検によって現に学生の意欲は大いに刺激されるのだから、一定の条件のもとに積極的に利用するべきであるというのが、仏検をめぐるこの十数年の経験から得られた私の信念です。

ただ、中高時代に勉強とは縁遠かった学生も珍しくはない現状では、授業だけではなかなか仏検に合格するところまで到達できません。本学では、とくに兼任講師の先生のご好意もあって、仏検受験のための補習を実施しており、これが学生にはいたって好評で、それがまた授業にもよい影響をもたらしています。協力して下さるボランティアの先生には本当に頭が下がります。さらに、これも兼任講師の先生の発案ですが、3年前からクリスマスの時季に「フランス語学内コンクール」を開催し、詩の朗読、早口言葉、カラオケなどに学生の参加を促しています。教室では死んだふりをしている学生が、マイクを握ると別人のごとくなるのが驚きです。地元のケーブルテレビも取材に来たりして、なかなか楽しいイベントです。賞品としては、リサとガスパールのふわふわ人形が大人気です。仏検の導入もそうですが、フランス語に触れる場面をいろいろなやり方で多様化し、学生を励ましてやることが大切だと思います。

最後にひとこと言わせて頂きますと、このまま何の手も打たずに推移すれば、「大綱化」以前に採用された専任教員が定年退職するにつれて、大学の第二外国語は消滅していかざるを得ないでしょう。とりわけ地方私大の実情にはきわめて深刻なものがあります。縁あってフランス語を学ぶ身となり、フランス語を通じて学生と交流する機会に恵まれたのですから、そういう状況に少しでも歯止めを掛けたいのは山々ですが、個人で出来ることは限られています。大学においてなぜ複数外国語の履修が必要なのかという問い直しを含めて、学会や協会が組織的に対応しうるおそらくは最後の時期が到来しているのではないでしょうか。

フランス語を選ぶということ

川勝 直子 (神戸海星女子学院中学校高等学校他)

「先生、私の元に最高のクリスマスプレゼントが届きました。」ある夜パソコンを開くとこんなメールが入っていました。中学3年生の生徒からでした。そのメールは「仏検の合格証です!」と続き、4月から週に1回フランス語を学び始め、11月に初めての仏検に合格できたことへの喜びが綴られており、そして届いたばかりの合格証の写真が添付されていました。

この生徒の学校では中学3年生から高校3年生までフランス語を学ぶことができます。しかしそれは実は簡単なことではありません。中学3年生では英会話かフランス語を選択するため、フランス語をとることはそれほど困難ではないのですが、その後もフランス語を続けようと思うとかなりの覚悟が必要です。高校生になると選択群に様々な教科が現れ、いわゆる受験科目もその並びにあるからです。その中でフランス語を選ぶには、両親や、ときには担任教諭などの反対があっても負けないほどの意思の強さが問われるのです。そのうえ、原則として希望者が10人に満たなければ開講されません。本人の意志に加えてある種の「運」も必要となるともいえるでしょう。

秋の仏検の頃になると色々な事情を抱えた生徒たちが相談にやってきます。そんな生徒ひとりひとりと向き合うとき、私は決してフランス語をとるようには勧めません(もちろん全体に向けての選択科目説明会などではフランス語を選択してもらえるよう、熱く語りますが)。フランス語を選択したとしてもしなかったとしても、後悔してほしくないからです。一緒に考えることはしますが、最後に本人が自分の意思で選んだ道を尊重します。「道」などというと大げさに聞こえるかもしれませんが、高校生にとっては選択科目ひとつといっても一大事なのです。

ある高校2年生の生徒が、「高3でフランス語をとるかどうか迷っています。高3までフランス語を選択した卒業生の先輩に相談したいのですが、連絡をとっていただけないでしょうか」と言ってきました。早速その「先輩」に連絡をとると、「それぞれの家庭事情や個人のモチベーションに一番左右されると思うので、それらの部分と相談するのがいいと思います。でも以前学校の進路通信に後輩へのアドバイスとして書いたものがあるので読んでもらってください」との答えが返ってきました。

いわゆる超難関国立大学に合格したときに書かれた彼女のエッセイの内容は次のようなものでした。

フランス語を履修すると受験科目として必要な数学演習2(数IIB)がとれなくなるため非常に迷った。しかし「学校は受験勉強だけをするところではなく、それも含めた教養を培うところではないのか」と思い、「大好きだから」フランス語の履修を決めた。履修していない数学も自分で工夫して必死に勉強した。好きなフランス語の授業があることで学校生活がとても充実したものになり、受験勉強全体に対するモチベーションもぐんと上がった。最後のフランス語の授業をやり終えたときも大学に合格した今も「自分で選んだ道だから心からよかったと思え、このうえない達成感や幸福感を得られた」と強く思う、などのことが切々と語られていました。そして最後は「自分で決めた道は自分の力で歩いていけます。どうか他人に左右されず、自分の選択をしてください」ということばで締めくくられていました。

私はこの作文を読んだとき、強く感動すると同時に身の引き締まる思いがしました。このような思いでフランス語を選んだ生徒たちに後悔させる授業をしてはいけない、一時間一時間の授業を大切にしなければ、と改めて思いました。

もちろんこんな生徒ばかりではありません。別の学校には、なんとなくフランス語を選択してしまっただけという生徒、勉強そのものが大嫌いな生徒、50分の授業さえ座っていられない生徒もいます。けれどもそんな生徒たちも、そんな生徒たちだからこそ、フランス語を勉強していることに誇りを持っていたりもします。ある生徒は仏検5級に合格したとき、「生まれて初めて検定試験というものを受けて合格しました」と言い、とびきりの笑顔を見せてくれました。彼らもまた、本当にたいせつでかわいい生徒たちです。いろんな高校生たちがフランス語を勉強しています。1年間しか履修できない学校も多いけれど、限られた時間を最大限に利用して補習や練習に励み、仏検やDELF、コンクールに果敢に挑戦する生徒たちもいます。そして合格、入賞できたときなどは勲章を手に入れたかのような騒ぎです。そんな生徒たちを見ていると、このような成果を得ることは大きな自信につながるのだということをひしひしと感じます。

先のメールは最後にこう書いてありました。「来年度の選択科目の件ですが、家族との相談の結果、フランス語をとることになりました。」そう、この生徒は家族からフランス語を選択することを反対されていたのでした。まさに私にとっても嬉しいクリスマスプレゼントでした。この生徒にフランス語を選択してよかったと心から思ってもらえるような授業をめざしてがんばろう、と心に誓った夜でした。