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フランス語教育の必須インフラとしての仏検

小野 潮(中央大学)

 実用フランス語検定にはいろいろな形で関わってきた。「仏検」との初めての接点がどのようなものだったのかは記憶が曖昧だが、はっきりと憶えているのは、仙台でまだ大学院生をしていた頃、仙台会場の試験監督のバイトをさせていただいたことで、会場責任者は故佐藤房吉先生だった。まだ仏検が発足してまもない時期で、佐藤先生はおそらく問題作成にも携わっておられただろうし、その問題作成の会場は、今はもう存在しない欧明社近くのビルだったのだろうと思う。もっとも、これは公開されたことではなく私の推測に過ぎない。いずれにしてもすでにおよそ40年前の話である。

 その頃から現在まで「仏検」は、日本のフランス語教育、日本人のフランス語学習において最重要のインフラであり続けている。「仏検」によって、フランス語は単に辞書を引いてそれを日本語に直せればよい言語から、実際に聞かれ、話され、読まれ、書かれる言語へと変貌を遂げてきたと言えるだろう。こうした変化はもちろん「仏検」のみによってなしとげられたものではなく、外国語を読んで情報を得るばかりでなく、自分たちが使える道具としなければならないという日本人にとっての時代の要請に「仏検」もまた棹さしていたということだろう。しかし5級の段階から聞き取り試験を課し、また読ませる文でも現代の日常生活に素材を求める出題は、日本人フランス語学習者の勉学に大きな方向づけをなしてきたはずである。

 「仏検」が果たしてきたもうひとつの大きな役割は、学習者に自分の学習の進展の道標を提供してきたことだろう。それぞれの級について、対応する学習時間の目安が示され、各級において用いられる語彙、文法事項、日常表現などについて安定したレベルが設定されることによって、学習者は自分が現在学習のどの位置にいるのかについての目安を立てられる。また、学習者は自分が「仏検」のどの級までを取得しているかを述べて、他者に自分の仏語学習がどの程度まで進展しているかを具体的イメージを伴いつつ知らせられる。現在ではフランス語の検定試験としてDELF/DALF、TCFといった試験もあるが、日本人の初級段階のフランス語学習者にとっては、やはり「仏検」が大きな目安となる。また上級者にとっても、DELF/DALF、TCFで要求される能力と「仏検」で要求される能力ではその性質に違いがあり、やはり「仏検」が果たす役割はそれなりに大きなものがある。

 この学習の「目安」を立てるための「仏検」について言えば、大きな役割を果たしているのが『仏検公式基本語辞典3級・4級・5級』だろう。この辞典は、初級者がどの単語のどの用法をまず押さえるべきか、そしてその次の段階ではどの単語のどの用法を押さえるべきかを明瞭に示しているので、初級段階の学習者には、まことに便利なツールとなっている。

 「仏検」のいわゆる「対策本」は、フランス語教育振興協会編になるもの以外にもいくつかの会社から出版されている。これらの出版物も日本人のフランス語学習に大きな役割を果たしていることは言うまでもないが、しかしそれもそれらが準拠しようとしている「仏検」の存在があって初めて成立するものであり、ここでも基礎インフラとしての「仏検」の重要性を改めて認識させられる。

 筆者が勤務する中央大学でも、以上に述べたような「仏検」の重要性に鑑み、学生が普段勉強する多摩キャンパスに準会場を設置して学生の仏検受験の便宜をはかってきている。ここ数年、思わぬコロナ騒ぎで準会場設置が困難になり、これを中断してきたが、昨年の秋季から再び多摩キャンパスに準会場を設置し始めた。ここ数年、準会場設置を見送ってきており、学生が多摩キャンパスでの受験の習慣を失ったせいなのか、昨年秋季の多摩キャンパス準会場での受験者は、以前ほど多くはなかった。また、中央大学では法学部がと新キャンパスに昨年四月に移転をしたので、その影響もあったかもしれない。それに加えて、実を言えば、首都圏の多くの私立大学と同様に、首都圏の生活費の高騰、地方の学生保護者の経済困難も相まって、筆者の勤務する大学も首都圏出身者の割合が高くなってきている。多少大学から距離があっても自宅から通学する者が多くなっており、大学で受験するよりも、一般会場で受験するほうが会場が近い場合もままある。しかし、「仏検」というものをなるべくキャンパスで身近に感じられるように、準会場の設置は当面続けていこうと考えている。

 現在、おそらく外国語学習を巡る環境は、再び大きく変化しつつあるように思われる。翻訳ソフトが出回り、その性能がますます向上し、スマートフォンが自動翻訳機代わりに使われるといった世界が、近い未来であるどころか、現実となりつつある。そのような状況下での外国語学習はどのようなものになるのだろうか。あるいはどのようなものになるべきだろうか。またそのような状況下で、外国語と楽しくつきあうためには何が必要になるのだろうか。これは単にフランス語、「仏検」の問題ではなく、大きくはすべての外国語学習の問題であろうが、フランス語学習、「仏検」もそのような状況に対処していかなければならないし、むしろそのような状況下でなお必要とされる語学力とはいかなるものかを示し、その語学力を自分がどの程度つけたかの目安を提供していかなければならなくなるだろう。まことに大きな課題ではあるが、「仏検」に携わる方々にこれに積極的に対処していただくようお願いし、また私もささやかながら、自分のいる場所で何ができるか考えながら歩んでいきたい。