名古屋外国語大学のフランス語教育:専攻語あるいは複言語として
大岩 昌子(名古屋外国語大学フランス語学科)
私が実用フランス語技能検定試験にかかわらせていただいたのは、以前、面接の試験官をお引き受けしていたころのことです。フランス語学科では、学科生全員が仏検2級に合格するという目標を設定していますから、検定試験をさまざまな観点から学ぶ良い機会となりました。なかでも、多様な背景を持つ受験生の皆さんが懸命にがんばる姿に、私自身が大変刺激を受け、勇気づけられたことをよく覚えています。
本学フランス語学科のカリキュラムには、「フランス語検定」という、2年次生を対象とした必修授業があります。偶然にも2019年度後期よりこの講義を担当することとなりました。教員歴だけはかなり長くなってきたのですが、初めての授業はなかなか思い通りに進まないものです。とりわけ学生のモティベーションに寄り添うことの難しさが、反省点として残りました。2020年度は、体制を立て直して授業準備に臨みたいと思っています。
フランス語学科のカリキュラム
学科の方針として、フランス語だけでなく「もう一つの専門」の獲得を目指し、2年次から「フランス語・フランス文化系」か「フランスビジネス系」のどちらかの系に所属してもらいます。例年、前者に7割、後者には3割程度の学生が属します。1学年75名のうち約半数が、フランス、ベルギー、カナダ、タヒチなどの提携校に長期留学しますので、留学先でも自身が選んだ系を踏まえた学習を深めてくるように勧めています。最近では、英語圏とフランス語圏の2か国留学制度も充実しており、多様な目的意識を持つ学生が増えてきたことも、特徴のひとつだと思います。
一方で、提携校からの20名近い交換留学生と、FLEの教育実習生を受け入れる体制を整えるなど、本学のキャンパスにいながら、同世代のフランス語話者と日常的に交流できる環境を作ろうとしています。加えて、1年生が全員参加するセネット(小劇)、2年、3年次を対象とした、学生4人とフランス語話者の教員1人で行う “超”少人数授業、主に帰国生による弁論大会などを通して、常に学生がフランス語を身近に感じるように工夫しています。
複言語プログラム
本学では専攻語にとどまらず、いわゆる第二外国語としてのフランス語教育にも取り組んでいます。2015年度の改組に伴い、「複言語プログラム」を設置、さらに、2017年度の新学部(世界共生学部)設立を機に、同プログラムが全学化されました。現在、本学を構成する4学部9学科の全学生に対して、英語 * 、ドイツ語、フランス語、スペイン語、イタリア語、ポルトガル語、ロシア語、アラビア語、中国語、韓国語、インドネシア語、タイ語の12言語が用意されています。英語と共に複言語を重視した結果、必修単位は、以前の8単位から、12単位〜16単位(学科によって異なる)へと大幅に増やされました。こうした変更は、減少の一途をたどる第二外国語教育の現状に逆行する対応だと考えています。ちなみに、フランス語の受講者数は、中国語、スペイン語、韓国語に次ぐ4番目で、初級、中級とも、各150名程度となっています。
学生は、興味に応じて「複言語プログラム」からどの言語でも履修することができます。抽選制度はありません。必修単位数の増加に伴い、上級レベルまで履修する学生が多くなっています。この場合、従来よりも学習時間が45〜90時間上乗せされるため、最大で総計270時間となることを考慮すれば、3級から準2級取得を目ざすレベルに達すると想定されます。2年前から検定料の補助が始まったこともあって、幸いにも実際に受験率が上昇、他の複言語にも同様な傾向が見受けられます。もちろん、上級まで受講せずに、ふたつ目の言語の初級を履修する学生もいますが、どちらにせよ、必修単位が増加したことにより、学生の意識は確実に変化しているようです。
* フランス語学科、中国語学科、国際日本学科の学生は、複言語として英語が必須となっています。
複言語教育の質保証:語彙習得と留学制度
複言語の学習効果に関わる「質の保証」は難しいのですが、現在、言語学習の最も重要なポイントのひとつである語彙習得を、ひとつの材料として検討しています。具体的には、「複言語プログラム」で開講するすべての言語に共通した「語彙学習・試験システム」のMoodle上での構築です。このシステムが、本学の複言語にかかわる「質の保証」のひとつとなるのも、遠い将来ではありません。
また、複言語にも様々なタイプの留学制度が開かれています。例えば、フランスの大学にて、英語で言語学、英・仏文学、歴史などの授業を受講できる制度があります。こうした留学では、生活はもちろんフランス語ですから、学生は英語だけなく、驚くほどのフランス語力を身につけて帰国します。本学には世界中に150校ほどの提携先がありますので、今後、複言語学習の動機付けを高める仕組みとして、スペイン、イタリア、ロシア、ドイツ、メキシコ、ブラジルなどへの留学が大きく発展していくと思われます。英語以外の言語を通した生活は、学生の視野を広げ、その後の人生を豊かにしてくれるはずです。
大学における複言語教育の目的
世界はすでに、複言語・複文化主義という複眼的視座が欠かせない時代となっています。そのなかで、大学の「複言語教育」はどうあるべきでしょうか。まず、第一に、複数の言語を理解し、状況に応じて言語を切り替え、意思疎通を図る言語能力の育成を目指すことでしょう。複数の言語が個人内で共存し、影響しあうことによって、コミュニケーション能力の高度化が期待できるわけですから、まさしく外国語大学としての本学の理念につながるものと考えます。第二に、異文化という「他者」を寛容し、共生する力、未知の世界への好奇心を培うための開かれた場所、制度として存在すべきでしょう。「複言語教育」を通じて最も涵養したいのは、こうした「言語的・文化的弱者への眼差し」であり、世界の多様性に触れることで自己を変化させていく柔軟な姿勢だと思っています。
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