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韓国におけるフランス語の現状

                     チェ・ミギョン 
(会議通訳者・ソウル梨花女子大学通訳翻訳大学院教授)

今季の「APEF通信」は、ソウル梨花女子大学通訳翻訳大学院教授で会議通訳者も務めていらっしゃるチェ・ミギョン氏に、韓国におけるフランス語教育の現状に関するエッセイをお寄せいただきました。是非ご一読ください。(原文フランス語はこちら

 
 
この20年の間に、韓国におけるフランス語教育は中等教育で大きな後退を経験した。フランス語を担当する教員はその犠牲となり、英語や他教科の教育へと変更を余儀なくされた。状況は、今のところ、安定しているように見える。アフリカのフランス語圏との交易が盛んになっているおかげで、高等教育ではフランス語に対する関心が明らかに回復してきている。これらの国々との公的なパートナーシップや民間の投資により、フランス語を使う通訳者、翻訳者、プロの職人への求人が高まっていることが、もはや文学ではなく、職業を目的とするフランス語教育をめざすように圧力をかけているのである。

フランス語教育(1900 - 2005)

韓国におけるフランス語教育はフランス人司祭によって聖書やカテキスムの翻訳とともにはじまり、これを目的としていた。植民地時代に消滅したフランス語はその解放後に復活するが、「日本の影響下、めざす目標は人文主義的教養の習得になり、実践的な目標は軽視され、学びの中心は文学が対象となる。」(ミヨー、2011 : 28)この傾向は韓国社会に完全に適合し、孔子の伝統にそまったこの社会は自然と文学研究に力を入れるようになる。独裁政治(1960-1980)の間、実存主義の虜となった韓国の知識人はフランス語の学習に自ら熱心に取り組んでいく。イ・オリョンやノーベル賞候補者で大江健三郎の友人であるファン・ソクヨンのような有識者は、高校でフランス語を学び、サルトル、マルローそしてカミュを、またスタンダール、フロベール、ボードレール、ランボー、ジィド…などを読んだ。

中等教育で必修の第2外国語は1990 年代初頭まで、女子生徒は英語に加えてフランス語を、男子生徒はドイツ語を学ぶように勧められていた。ロシアやとくに中国などの周辺諸国との付き合いやグローバリゼーションも手伝って、生きた第2言語の教育が急速に進んでいく。中国語や日本語に目を向ける高校生が次第に増え、フランス語とドイツ語は影が薄くなっていく。教授法がふさわしくなかったり、習得の難しい言語だと考えられていることなどの要因がフランス語にマイナスに働いていく。中等教育最終試験はその成績で受験生が受験したい大学を決定するが、この試験でフランス語は不利になる。日本語や中国語、アラビア語でさえ、フランス語よりも良い成績をより簡単にとれるからだ。

2011年に政府は第2外国語の必修を廃止する。以後、自由選択科目となり、第2外国語を選択する生徒数が1年間で71万6千人から59万6百人へと大きく落ち込んだ。ドイツ語がいちばん打撃を受ける。2012年、ソウルにある196の高校が日本語教育を実施している。176校が中国語を、わずか27校だけがフランス語を教えている。各高校の自由裁量に任せたことが、中等教育最終試験でより簡単に良い成績のとれる科目に集中するという結果を招いた。ただ学区によっては第2外国語教育に熱心に取り組んでいるところもある。キョンギやチュンブク地域の学区がその例で、2013年11月にフランス大使と大学のフランス語教員が出席して討論大会を開催している。いくつかの学区では、高校と大学の連携による教育を行っていて、高校生は自分の高校のカリキュラムにフランス語がないとき、大学のフランス語の授業を受けることが可能になっている。

また外国語専門高等学校が存在し、多くの家庭が志望する優秀な学校になっている。ソウルには6校ある。そこではネイティブスピーカーが教育の大半を担っている。生徒たちは高校1年から1つの言語を専門に勉強する。高校卒業の時点で大学1年次または2年次修了にも匹敵するレベルを身につける。彼らは自分が専門とした外国語に余裕があるため、大学では専門を2つ選ぶことが多い。

2007年に導入したフランス語能力検定資格試験のひとつであるDELF/DALF(「仏検」という独自の資格試験をもつ日本と異なり、韓国はそのときまで検定試験がなかった)はフランス語学習者数の維持に間違いなく貢献した。DALF C1の資格をもつ高校生はほぼ自動的に大学への入学が許可される。この措置によってDELF/DALFへの関心が高まり、2013年度の受験申込み者は7,950名で、韓国は世界で最も多くのDELF/DALF受験者を迎える国になっている。若者の資格試験に対するモチベーションは、競争が激しい環境で、自分を大半の若者と区別してもらう資格を取得する必要性に起因している。英語に次いで、第2の西洋言語であるフランス語は、今日、エリートが選択する言語とみなされている。

高校生はまた中等教育最終試験の英語を別の第2言語に置き換えることができる。これにより2012年には3,433名の高校生が英語の代わりにフランス語を選択してバカロレアに相当する試験を受けた。

  *  *  *

高等教育では1990年代から英語一極化がすすみ、1997年の金融危機がこの流れを加速させた。フランス語科は閉鎖され、ヨーロッパ文明研究と呼ばれるもののなかに取り込まれてしまう。大学生は英語のテスト(TOEICまたはTOEFL)を受け、輸出中心の経済のなかでは理解できることではあるが、その成績は世界のビジネスを英語で行う大手企業の採用時に決定的な意味をもつ。このようななか、国立ソウル大学は受験生に入学試験で第2外国語の受験を課している。

高等教育におけるフランス語の状況は停滞気味である。しかしながら福島の事故で日本語科の受験生の減少が起こり、フランス語科には幸いしたことを述べておこう。フランス文化と文明の授業はとても人気がでており、受講者数は継続して増えている。ただフランスの言語と文学研究はこの流れにのれていない。英語科でも同じような現象を経験している。学生は実践的な学びにより多くの関心をもち、シェークスピアへの関心はうすれている。いずれにしろ70の大学のフランス語科は、職業を目的とするフランス語教育のプラス面を体験し始めている。
 

ビジネス言語のフランス語と職業教育

文学と文化が、韓国ではフランス語に対する関心の源であったが、これからは経済的かつ産業的理由がこの言語の将来性を担うようにみえる。韓国によるTGVの購入がおそらくこの節目を記すものであろう。2004年に開通したソウル - 釜山(プサン)間、ソウル - 木浦(モッポ)間の超特急路線の交渉と建設そして技術移転によって、フランス語有資格者の雇用が必要となった。交渉会議、技術者やエンジニアの養成およびメンテナンスの講習会が多くの通訳者の募集につながった。数十万ページに及ぶ技術資料がフランス語翻訳者によって訳されなければならなかった。

パン・ギ・ムンが国連事務総長に選出されたことは、フランス語教育に新たな支持をもたらした。フランスが安全保障理事会の常任理事国であったため、彼のフランス語の知識がたとえ不完全なものでも彼を選出する決定打であったことを知る機会となった。また、パン・ギ・ムンは以前、外務大臣としてアフリカを数多く訪問しており、他方では、ノ・ムヒョン大統領は2005年にアルジェリアと戦略的互恵関係に調印しており、このことが韓国とアフリカのフランス語圏との強い協力関係のはじまりを印すものとなっていく。韓国はこのあと新しい都市建設やインフラ整備、地下鉄路線、石油化学工場建設計画など、アルジェリアにおける存在感を強めていく。多数の開発計画が韓国開発機関公共支援基金(韓国国際協力団)を通して、チュニジア、モロッコ、コンゴ民主共和国、ガボン、セネガル、マダガスカルで進められている。このように進展することで、韓国外務省は中東アフリカ局およびアフリカ諸国内の外交ポストに通訳者と翻訳者の採用を押し進めた。

サムスン、韓国GM (旧デーウ)、ヒュンダイ、ドンウォン、ドンミョンのような大規模なコングロマリット(複合企業)を代表する私企業が、今日、アフリカ大陸で存在感を高めている。KEPCO(韓国電力公社)のような国営または民営会社はフランス語の資格をもつ人材を募集している。フランス語の専門家は英語、中国語または日本語の専門家と比べて数が少ないため有利である。アフリカのポストを引き受ける人たちの報酬は多くの場合、大卒で就職した人より2倍から3倍高い。「インクルト」(韓国の就職情報サイト)の採用ポータルサイトに「フランス語のできる人優先」という文言が掲載されているのをよく目にする。マリアンヌ・ミヨーの報告によると、同じサイトで2006年(アフリカとの協力関係の開始時期)から2008年の間に、最も求められている言語であるフランス語の専門家に対する求人が15倍に増えた。長い間、フランス語を選択した学生たちに唯一採用見込みがあったのは教職と…フランス大使館ぐらいだったのに。韓国に開設されたフランス企業は、逆にフランス語振興のために少しも尽力していない。転勤してきた管理職はここでは英語での業務を選択しているからだ。

求人の一部はメディアからもきている。聯合ニュース(通信社)、KBS公共放送、季刊『コリアナ』、この雑誌は国際社会に韓国を知ってもらおうと、多くの記事をフランス語に翻訳させている。出版業界もまた通訳・翻訳専門養成所で育成されたプロの翻訳者を採用しているが、20年ほど前は大部分の翻訳はまだ大学教員によって行われていたのだ。韓国は翻訳・通訳養成所を2校もっていること(ソウルにある梨花女子大学と韓国外国語大学の大学院)を誇りにしており、6、7年前から、この養成所の受験者数が毎年、目に見えて大幅に増加している。私の養成所のフランス語科の学生は、卒業前でも、官公庁や大手の産業グループに数多く採用されている。

*  *  *

文学の言語であった韓国のフランス語は、一貫性のある将来を見据えた言語政策の欠如と英語一極化に苦しめられてきたが、2000年代半ばから新たな正当性を見いだしている。フランス語が韓国の労働市場でこんなに注目されたことは今だかってなかったと言ってよい。DELF/DALF資格試験の受験者数も、フランス語で仕事のできるプロの募集もこのことを証明している。

フランス語への関心を取り戻すことができたのは、プロの育成教育、すなわち非常に高いレベルの資格をもつ卒業生を労働市場に輩出してきた通訳翻訳者養成所が実施する教育にある。これからは好循環になりそうだ。雇用主はフランス語のプロが非常に優秀であると信じているため彼らを探し求め、フランス語のプロは自分たちの能力を欲しがる市場の存在を確信し、さらに能力を高めようと努めているからだ。この好循環は、若い女性(伝統的にフランス語学習によりすすんで目を向けてきたのは彼女たちだから)により一層の利益をもたらし、彼女たちが今日の韓国労働市場へ大勢参入するお供となっている。

アフリカのフランス語圏における多くの公共市場や開発計画は、まだ入札募集や契約調印の段階であること、またアフリカは年5%の平均経済成長率を記録していることを考慮すれば、韓国での職業を目的とするフランス語の未来を信じるだけの理由はあるのだ。

 

[関連サイト・参考文献]
http://www.koreaherald.co.kr (Recruiters seek speakers of French, Russian) (英語)
http://www.incruit.com/ (韓国語)
http://french.yonhapnews.co.kr/ (仏語)
Marianne Milhaud, « Paradoxe et perspectives du français en Corée », in Synergies Corée, n° 2, 2012. 

                 (原文仏語 訳:中村敦子)