仏検:最近の受験生事情
塚越 敦子(慶應義塾大学他)
今回の執筆依頼を受けて、自分がなにかしら仏検にかかわるようになって随分とときが流れたことに気がついた。準会場を開いたり試験監督や2次試験の試験官を担当したりと15年近く経ってしまった。
フランス語教師として誰もが考えるように、フランス語学習者にとって仏検は一番の具体的な動機付けになると私も思っている。いつも、ひとりでも多くの学生にフランス語を好きになってほしいと願いながら通常の授業を行っている。熱心に授業に参加する学生をみつけると仏検受験を勧めるのが常になってしまった。残念ながら仏検受験用の授業を担当していないので、希望者がいる場合には時間をつくって自主的に補講を行うことになる。それももう10年以上続いている。
最近、その自主補講に変化が起きてきたように思える。世の中の実学優先指向が反映して、学生たちも「資格取得」ということばに敏感である。昔は、「腕試し」が受験目的であったのか、受験生たちも自分ひとりで勉強に取り組んでいた。過去問題を渡して1回ぐらいの模擬試験を行えばそれで十分であった。しかし、ここ2、3年は2ヶ月ぐらい前から学習塾のような補講をするようになっている。なぜなのだろう。最近の学生は、まず、受かる見込みがあるかないかという見極めをしてから申し込む。「腕試し」などというおおらかな考え方はないようである。そして、受験を決めた者は、授業内容よりも上のレベルの級を志願する傾向がある。これは、先に述べた「資格取得」にこだわっていることのあらわれであろう。自分にとってより有利な資格=級をねらうのである。それゆえ、彼らは丁寧な指導を必要とするのである。自分で蒔いた種であるから、もちろん彼らにきちんと対応するようにしているが、正直、準2級から5級までの級を同時にフォローしなければならないときは、引き受けたことをついつい後悔してしまう。しかし、学生の受験動機が変わってきたとはいえ、合格したときの喜ぶ顔をみると私までうれしくなり、すべてが報われた気持ちになる。それは、今も昔も変わっていない。思わず、『次は、どうする?』などと連続受験を勧めてしまう。大学のカリキュラムの一部である単位取得教科とは関係なく、学生にとってフランス語学習のモチベーションのひとつである仏検は、教師である私にとっても純粋に「教えること」の成果を実感できるツールであるともいえる。そのため、仏検になんらかの形で自ずと参加し続けているのだろう。
いつも接している学生たちの受験態勢の様変わりとは別に、1次試験の宇都宮会場の試験監督をしていて気がついた変化がある。ここ数年、準2級と2級の受験者の中に年配の方の数が増えていることである。しかも、そういう方たちは決して欠席しない。ある大学のカルチャーセンターのドイツ語講座が年配層に人気があるという朝日新聞の記事を読んだことを思い出した。それは、かつて大学などで学んだドイツ語をもう一度学び直したいという団塊の世代の人たちのことであった。また、同じ頃、テレビで日本経済を建て直すのは団塊の世代であるという特集番組も目にした。これらのことが何か関連があるのかと関心を抱き、仏検事務局から2005年度(準2級設置前年)以降の受験者に関する統計資料を送ってもらった。果たして、それらの数字からいくつか興味深いことが見えてきた。
まず、準2級を2006年度春季から設置したことによって生じた変化である。2005年度と2006年度の2級受験者数の差と2006年度の準2級受験者数を比較し、2007年度以降の数にそれほどの違いがないことを考えると、2級受験者のうちの20%~25%が準2級を受けてからステップアップしていると思われる。
年代別にみた場合、年配の層の合格率が意外と高いことが目を引く。もちろん圧倒的に10~29歳の受験者数が多いので合格者数もその層が厚くなる。しかし、合格率に換算すると、50歳以上の確率の方が10代20代の層の確率よりもおしなべて高いのである。これは、年配層が確実な学習をものにして、成果をあげたことを意味するのであろう。
また、2級と準2級の受験者の中で、一番大きな割合を占めているのは、当然10代20代の層である。しかし、30歳以上が占める割合も、ここ7年間、2級はだいたい40%、準2級は35%前後と健闘している。さらに50歳以上の割合を出してみよう。2級は2007年度まで受験者の内ほぼ6%で、準2級は2008年度まで7~8%であったが、その後、2級は10~13%に、準2級は10~11%に伸びているのである。今や、2級・準2級の受験者の10人に1人は50歳以上なのである。このことは、注目すべきことであると思われる。いわゆる「生涯学習」の意識が高くなったためであると言ってしまえば簡単なことだが、もう少し建設的なことがらに結びつけたい。
準2級の設置のおかげで2級受験への敷居が低くなり、全体的に中級レベルのフランス語学習へ誰もが抵抗なく移行できるようになったと考えられる。そこに、今の50歳以上の層も徐々に加わってきているのであろう。かつて学んだフランス語をもう一度始める場合でも、はじめてフランス語を学ぶ場合でも、合格率を鑑みれば、彼らの確実なフランス語習得力は大いに期待できる。最近では、少子化現象も手伝ってか、フランス語学習者数が減少したと言われている。そのような状況を打破するためにも、今後、50歳以上の年代の勉学に対する向上心を刺激するような「仏検」、さらに受験したいと彼らに思わせるような「仏検」に発展していってほしいと強く願っている。