第27回 大人も使える「子どもの歌」(1)(中級)
名城大学准教授 足立 和彦
初級文法を一通り学習したら、いよいよ「本物」のフランス語に触れてゆきたいですね。「読み」に関してなら、どんな分野であれ、自分の関心のある話題についての文章を、辞書を引き引き読んでいけばいいのですが、言うは易し、初めは分からない単語も多く、なかなか思うようにいかないかもしれません。
そんな時、まずは簡単なところからと、子ども向きの本を手に取られる方も多いでしょう。手頃なのは絵本ですね。日本でも人気の Gaspard et Lisa『リサとガスパール』(なぜか日本語は語順が逆)や、同じ作者の Pénélope tête en l’air『うっかりペネロペ』(3歳のコアラの女の子)のシリーズは、繰り返しの表現が多く、とても読みやすいです。
古いところでは Barbapapa『バーバパパ』(barbe à papa「パパのあごひげ」すなわち「綿菓子」からの造語ってご存知でした?)や Babar『ぞうのババール』(だいぶ文章が長くなります)は、定番中の定番です。絵本を卒業したら、今度は小学生向けの読み物 Le Petit Nicolas『プチ・ニコラ』シリーズでしょうか(日本でいえば『ドラえもん』のような、1960年代ののどかなフランスの子どもたちの生活が垣間見られます)。こうした子ども向けの作品をさくさく読んで自信をつけてから、改めて大人向けのものに挑戦されてはいかがでしょうか。
それに加えて、今回とくにお勧めしたいのが、子どもの歌(chansons pour (les) enfants, comptines)です。すでにこの連載の第2回に、麻田美晴先生が「『わらべうた』でフランス語」という記事を書かれていますが、改めて、「子ども向けの歌は大人の学習者にも有効!」とお伝えしたいと思います。
まずは、なんといっても歌ですから、歌詞を覚えれば誰でも歌えて、楽しみながらフランス語に親しめます。子どもの歌は短いものが多いので、覚えるのも難しくありません(何番も歌詞が続くものもありますが)。今はインターネットで検索すれば、歌詞はもちろん、たいていの歌には動画が見つかります。字幕つきのものも少なくないので、見ながら一緒に歌うことができるでしょう。手軽に簡単に始められるのが、歌のよいところです。
もちろん、言葉をメロディーに乗せますので、自然な会話のイントネーションとは異なりますが、正確な発音の確認と練習にはもってこいです。また、一音に一音節を乗せるのが基本ですから、単語の分節を意識するのにも役立ちます。noir や trop は1音節、entrez や vraiment は2音節。繰り返し歌っているうちに、カタカナ発音をきっぱり卒業できること、間違いありません。
子どもの歌で面白いのは、時々、意味はないけれど調子のいい言葉が挟まるところ。« Et ron et ron, petit patapon »( « Il était une bergère »「羊飼いの娘がいました」)とか、« Titi carabi, toto carabo »( « Compère Guilleri »「ギユリ大将」)など、口に出すだけで楽しい気分になれますね。
(ただ、音の数を合わせるために、母音の省略がよく起こります。たとえば「ギユリ大将」の出だしは、 « Il était un p’tit homme / Qui s’app’lait Guilleri »。p’tit (petit) は1音節、s’app’lait (s’appelait) は2音節になります。)
ねぼすけのお坊さん « Frère Jacques »「修道士ジャック」(英語の “Are you sleeping, brother John” のほうが有名でしょうか)や、こちらも居眠りしている « Meunier, tu dors »「粉引きおじさん、寝ているの」は、最も短い歌です。メロディーが有名なのは、ピエロとのおかしなやり取り « Au clair de la lune »「月明かりの下で」や、自分で振った恋人が忘れられない(?)« À la claire fontaine »「澄んだ泉へ」でしょう。まさしく「フランス人なら誰でも知っている」有名な歌がいくつもありますから、いろいろ探して、ぜひお気に入りを見つけてください(なお、歌詞にはヴァリエーションが存在するので、注意が必要です)。
時に童心に帰って歌を口ずさめば、気分転換やストレス解消にもなるでしょう。もしかしたら宴会の余興にも使えるかもですね。受けるかどうかは分かりませんが……。
というわけで、子どもの歌はとっても役に立ちますが、ただし油断は禁物です。必ずしも文法的にも「簡単」だとは限らないのです。そこでお勧めしたいのは、歌の意味が分かっただけで安心せず、言葉の文法的用法を「自分で説明できるか」、一つ一つ確認してみることです。
たとえば、日本語の歌にもなっている « Sur le pont d’Avignon »「アヴィニョンの橋の上で」の歌詞は、« Sur le pont d’Avignon, / (L’)On y danse, (l’)on y danse. / Sur le pont d’Avignon, / (L’)On y danse tous en rond. »「アヴィニョンの橋で/踊るよ、踊るよ。/アヴィニョンの橋で/輪になって踊るよ」です。では、この y は何でしょうか?……そう、副詞(または中性代名詞)で、« sur le pont d’Avignon » の言い換えですね(4級レベル)。ちなみに、on の前に l’ が付くこともありますが、この l’ は何だか、説明できますか? これは、母音の連続を避けるための le で、本来は定冠詞ですが、特別な意味は持っていません。et, ou, si などの後に on が続く時によく用いられます。
では「澄んだ泉へ」のルフラン(繰り返し)« Il y a longtemps que je t’aime, jamais je ne t’oublierai. »「ずっと前からあなたが好き、決してあなたを忘れない」の il y a は問題ないでしょうか? 非人称構文の il y a は、もちろん「~がある」(5級レベル)のほかに、時間表現「~前に」(4級相当)があります。« Et il y a six ans, j’ai créé ma propre société de taxi. »「そして6年前、私は自分のタクシー会社を起こしました」(17年度春季準2級、聞き取り問題)のような使い方ですね。けれど、ここでの用法はそれとも違い、il y a + 時間 que + 直接法「~前から…している」です。« Il y a une heure que je l’attends. »「もう1時間も彼(女)を待っている。」この使い方、ご存じでしたか?
なお、同じルフランの後半部分は ne と jamais で「絶対~しない」の表現(5級)ですが、« Jamais je n’accepterai. » 「断じて承服できません」のように、強調する時に jamais を文頭に置くことがあります。倒置によって、話者の強い気持ちを表しているのですね。
今回はひとまずここまで。次回はより実践的に、1つの歌を詳しく調べてみることにしましょう。
挿絵をご紹介した Chansons de France pour les petits Français 『小さなフランス人のためのフランスの歌』(Boutet de Monvel 挿絵、1886年)は、今でも広く親しまれている絵本です。Source gallica.bnf.fr / BnF