第26回 動詞に強くなるには?(中級)
慶應義塾大学准教授 川村 文重
今回のコラムは、中級レベルの動詞問題の試験対策をテーマに取り上げます。
Quel beau temps ! (なんていい天気だろう!)のような感嘆表現を除けば、どんな文にもかならず動詞がひとつ以上含まれます。 従属節や関係節をともなえば、それらの節にも動詞が入っています。通常、抽象性の高い論理的な文章では、動詞よりも名詞表現に情報量の比重が多くかかります。それに対して、日常の平易な文章では、使われる動詞がバリエーションに富み、動詞が何を言おうとしているのかがわからなくては、全体の意味やニュアンスがつかめなくなります。動詞が文章全体の基礎を作っていると言ってもよいでしょう。
ところが、この動詞の理解が初級・中級レベルのつまずきの石となるのも事実です。ご存じのとおり、フランス語の動詞には、①意味、②時制、③叙法(直説法・条件法・接続法・命令法)といった情報が含まれています。②と③は語尾変化で示されます(時制については第23回・第24回の林先生の解説に詳しいですから、読み返してください)。往々にして、初級・中級学習者は②と③をおろそかにしがちです。
その証拠に、中級レベルに相当する仏検3級と準2級試験の過去のデータを見てみましょう。長文問題は選択問題ということもありますが、つねに高い正答率をマークしているのに対して、記述式の動詞問題の正答率は軒並み低調です。たしかに、動詞問題の配点がそれほど高くはありませんので、実際の試験で長文問題を得点源にすれば、動詞問題がたとえ全問不正解だとしても、合格が可能かもしれません。しかし、より長く、より複雑な内容の文章が正しく読めるようになるには、②と③をおろそかにし、活用がマスターできていないと、そのツケがあとになって響いてきます。なかなか上の級に進めないという受験者は、ここでつまずいている可能性が高いと思われます。
3級と準2級の動詞関連の問題は、やはり、その意味を問うためだけに出題されてはいません。動詞の①意味を当然知った上で、 ②時制と③叙法を判別して、正しく活用できるかどうかが試されています。①、②、③の3つのポイントをすべてクリアしなければ正解にいたれないわけですから、かなり手ごわいですね。しかも、記述式ですから、活用がうろ覚えでは対処できません。つづりを正しく書く力が問われるようになるのが、初級レベルに相当する5級と4級との大きな相違のひとつです。では、最近出題された、正答率の低かった問いを実際に解いてみましょう。 2018年度春季3級問題[2]番からの抜粋です。( ) 内の動詞を必要な形にします。
— Alain, on est où ? C’est encore loin ?
— Désolé, je (se tromper) de route.
Alain に質問している人は、Alain といっしょにある目的地に向けて進んでいるはずが、どれほど進んだのか、本当に進んでいるのかわからなくなっています。それを受けて、Alain は désolé と謝り、代名動詞 se tromper が続きます。どうやら、Alain は質問者を乗せて車を運転しているか、あるいは、質問者を先導して道を誤ってしまったようです。
先にあげた①、②、③の3つのポイントを順に確認していきましょう。まず、①意味は、 他動詞 tromper (〜を誤らせる)に再帰代名詞 se がついて、〈自分自身を誤らせる〉、すなわち、〈誤る〉。〈〜を誤る〉は se tromper de+無冠詞名詞です。
次に、②時制はどうでしょうか。この会話の時点で、Alain は道を誤るという行為を継続している(現在時制)でしょうか。それとも、Alain が道を誤るという行為をしてしまったために(過去時制)、その結果、本来のルートからはずれた状態にあるということでしょうか。これは後者の複合過去を選ぶのが妥当です。それに、Alain が謝っているのは、謝らなければならない原因である〈道を誤る〉という行為がすでになされてしまったからです。
最後に③叙法ですが、Alain は事実だと判断して述べているか、あるいは、断定を避けた推測(=道を誤ったかもしれない)によって述べているかのいずれかですから、前者なら直説法、後者であれば条件法です。
というわけで、代名動詞が複合時制になると、助動詞は avoir ではなく être を用い、再帰代名詞 se は主語の人称と一致させますから、正解は me suis trompé(直説法)、あるいは me serais trompé(条件法)です。もし Alain ではなく Marie が語っているなら、過去分詞が女性形になりますから、 me suis trompée あるいは me serais trompée になります。ちなみに、最も多かった誤答は、me trompe でした。
次は、2018年度春季準2級筆記問題[3]番からの抜粋です。ただし、実際の問題では小問5つに対して8つの動詞が選択肢として提示されますが、ここでは、ひとつの小問に対して動詞の選択肢を3つにしました。AとBの文がほぼ同じ意味になるように、単語を語群から選んで、必要な形に直します。
A Il n’y a plus de vent.
B Le vent ( ).
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cesser être plaire
正解は a cessé です。最も多かった誤答は cesse でした。現在形にした誤答が多かったのは、Bの時制をAと同じ時制にしておけばいいと安易に処理した結果でしょうか。いずれにせよ、多くの受験者は動詞 cesser を選ぶことはできていました。①意味の段階は一見クリアしたかのように見えます。では順に見ていきましょう。
Aの文は ne… plus 〈もはや〜ない〉という否定表現ですから、〈(それまでは風があったが、)今ではもう風が止まっている〉ということです。現在形の文ですが、過去の状態に関する情報が暗に含まれていて、その過去と現在との違いが浮き彫りになっています。とすると、Bの文も同様に、過去(風が吹いていた)と現在(今は風は吹いていない)の違いが示されていなければなりません。Bの動詞 cesser を現在形にすると、現在の状態(風が止んでいる/凪状態だ)のみの情報を伝えることになり、不適当です。この点が、②時制の見極めポイントです。つまり、過去と現在の情報を同時に示す表現の理解です。
ここで、複合過去の用法を確認しておきましょう。複合過去は何らかの出来事や行為が起こり、終わったことを述べたり、〈〜したことがある/ない〉といった過去の経験を述べたりする時に用いられます。ですが、それだけではありません。過去に完了した行為を現在との関連で表しもします。例えば、Paul est parti は〈ポールは出発した〉と訳せますが、この文には〈(出発したから)もうここにはいない〉という現在の状態を暗に示しています。
これを踏まえると、自己紹介で出身国を言う表現が、je viens du Japon であって、je suis venu(e) du Japon が誤っているのはなぜか分かりますか。毎年11月第3木曜日にボージョレー地区の新酒が解禁されますが――仏検秋季1次試験の直前ですね。受験者のみなさん、飲みすぎないように!――、その宣伝文が le Beaujolais nouveau est arrivé ! であって、le Beaujolais nouveau est venu ! ではないこともお分かりですね。ここで用いられる動詞 venir の意味〈来ている〉は行為の開始と終結が同時になされる完了を表す動詞ではありません。一方、arriver は到着という行為が行われた時には到着は完了していますから、継続を表す venir とタイプの異なる、完了を表す動詞です。このあたりの動詞の理解は、①意味と②時制の両方の深い理解に関わっていることがお分かりになると思います。
では上の問題に戻りますと、その正解が cesser の複合過去になるのは、もっと言えば、複合過去でなければならないのはなぜか、もうお分かりですね。動詞 cesser は完了タイプの動詞であり、その複合過去は、〈それまでは吹いていた風が止んだので、もう風は吹いていない〉、つまり、過去と現在が暗に対比されています。これは、先に解説した複合過去の用法の最後に挙げた、過去の行為が完了することによって現在に影響を及ぼしていることを表す用法です。AとBの文を比較すると明らかなように、同一内容のフランス語の文は必ずしも、同一の時制をとるとは限らないことに注意しましょう。
さて、何段階にもおよぶチェックポイントをクリアして、危なげなく正解にたどり着けましたか。現在形か複合過去か迷いはしたけれど、この解説を読んで納得できたというレベルにある人は要注意です。解説が〈わかる〉と実際に〈解ける〉との間には相当の隔たりがあります。これを埋めるにはどうすればいいでしょうか。たくさんの問題を解いていれば、おのずと身につけられるようになるでしょうか。それもひとつの方法ですが、筆者はあまりお勧めしません。筋道を立てて正解にいたることができ、それを自力で解説ができるようになるまで辛抱強く、ひとつひとつの問題にじっくり取り組みましょう。また、文章を読む際には、文中に出てきた動詞がなぜこの時制で、この叙法なのかすらすらと説明できるようになるまで、文法書を読み返したり、先生に尋ねたりして疑問を氷解させましょう。
最後に、聞き取り・書き取り問題の対策にふれます。この問題では動詞を正しく聞き取り、書き取れるかも重要なポイントのひとつです。動詞は多くの場合、文のなかほどに位置しています。また、たった一音節で発音されたり、メリハリなく発音される動詞も多く、それに、主語の人称代名詞などとリエゾンやエリジオンすることもあります。一生懸命耳を澄ましても、検定試験という緊張状態にあっては、動詞が耳からすり抜けてしまう――動詞は実に受験者泣かせの単語です。
どうすれば、動詞を聞き逃さないようにすることができるでしょうか。とにかくひたすらフランス語を聞いて、耳を慣らすことに努めるべきでしょうか。たしかに耳を慣らすことは重要ですが、まずは動詞を確実に捕まえることをめざして聞くようにしてみてください。動詞部分を意識的に集中して聞くことで、早口言葉のように怒涛に流れる錯綜した音の束のようなフランス語の文が、徐々にほぐれて聞こえてくるようになるでしょう。聞き逃しやすいケースには一定のパターンがあるはずです。どういった時に動詞を聞きもらしやすいか、自分の弱点を把握しましょう。そうして、①意味、②時制、③叙法の段階をクリアして、瞬時に正しく活用できるようになれば、しめたものです。
結局は、フランス語学習に王道なし、ということに尽きます。ただし、やみくもに取り組むのではなく、〈量より質〉を重視する地道な学習が上級への確実な橋渡しになるはずです。