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第28回 大人も使える「子どもの歌」(2)(中級)

名城大学准教授 足立 和彦 

 

『小さなフランス人のためのフランスの歌』前回は、「子ども向けの歌は大人の学習者にも有効!」という理由をいろいろ挙げた上で、「でも文法確認も怠らずに」という話をしました。そこで今回は、1つの歌の歌詞全体をていねいに見てゆこうと思います。

                

取り上げるのは、« Une souris verte »「緑色のネズミ」です。(これも一例で、ヴァリエーションが存在します)。

 

Une souris verte                        緑色のネズミ
Qui courait dans l’herbe,            草の中を走っていた。
Je l’attrape par la queue,            尻尾を持って捕まえて、
Je la montre à ces messieurs.     おじさんたちに見せた。
Ces messieurs me disent,           おじさんたちは言う
Trempez-la dans l’huile,             油につけなさい、
Trempez-la dans l’eau,               お湯につけなさい、
Ça fera un escargot tout chaud.  熱々のエスカルゴになるよ。

単語のレベルで言えば、souris, attraper, tremper, escargot は、準2級以上です。2行目の qui は分かりますか?……主語を受ける関係代名詞(3級)。動詞 courait の不定詞は courir、半過去は「継続、状態」を表しています。では3行目の l’、4行目の la は?……une souris を受ける直接目的語人称代名詞(4級)ですね。6, 7行目の la も同じですが、こちらは命令文で、動詞の後ろにトレデュニオンで結ばれています。この辺りは、もう十分に習得済みでしょうか?

では、3行目の前置詞 par、自分でもこのような使い方ができますか?……これはある部分を「~の所を」と指す用法です。準2級の前置詞の問題で問われるレベル。最近の試験でも、« Elle m’a saisi ( par ) le bras. »「彼女は私の腕をつかんだ」(18年度春季) が出題されています。なお、こういう時にフランス語は、所有形容詞 sa queue ではなく、定冠詞 la queue を用いる決まりです。

次に、8行目の fera はどうでしょう。faire の単純未来ですが、この用法は説明できますか?「作る」や使役の用法から、なんとなく「分かった」ことにしていませんか?辞書をよく調べてみましょう。プチ・ロワイヤル仏和辞典では「(経験などを積んで)~になる」という用法として、« Il veut faire (un) artiste. »「彼は芸術家になりたがっている」という例文が挙がっています。faire 本来の意味から派生した、自動詞的な用法です(これは何級レベルでしょうか?もしかしたら1級かもしれません)。

「アヴィニョン橋」最後に冠詞についても見ましょう。冒頭の « Une souris » の不定冠詞は、「ネズミ」が聞き手にとって初出の情報であることを示しています。これは理解しやすいでしょう(最後の « un escargot » も同様ですね)。では « dans l’herbe » の l’ (=la) はどうでしょうか? そもそも herbe はなぜ単数?そして不定冠詞 une や部分冠詞 de l’ ではなく、定冠詞が使われているのはどうしてでしょうか?

まず、herbe はよく集合名詞として「草、草原」を表し、この場合は単数形を使います。次に定冠詞ですが、ここで定冠詞が用いられるのは、話題のネズミが走っていた草原は「特定」の草原に限定されるからでしょうか?では、6行目の l’huile、7行目の l’eau の la はどうでしょう?こちらは、まったく「特定」されていませんね。この場合、いわゆる「総称」の定冠詞の一種と考えられます。

「総称」というと、« Émilie aime ( le ) cinéma italien. »「エミリーはイタリア映画が好きです」(17年度秋季5級)のような使い方を最初に習いますが、そこまで抽象的でなくても、「油」や「水(湯)」といった種別だけを問題にしている時には、定冠詞が使われます。そうすると、翻って「草の中で」« dans l’herbe » も、同じように「種」として捉える定冠詞と考えるほうがよいかもしれません。たとえば「水」の中でも、「砂」の中でもなく、「草」の中である、ということを示しているという訳です。

すでにご存じのように、不定冠詞、部分冠詞と定冠詞の区別は(それ自体は5級レベルでも)、実際に自分で使う場合には判別が難しいものです。ですから、子どもの歌のような身近な例を通して、ニュアンスの違いを少しずつ実感してゆくことが大切だと思います。

文法に関する細かい話は苦手な方もいらっしゃるでしょうが、ネイティブ話者ならば感覚的に把握できる微妙なニュアンスを、私たち学習者は「頭で理解する」ことが、どうしても必要なのではないでしょうか。だからこそ、子どもの歌を歌って、まずは気楽に生きたフランス語に親しみながら、時には改めて一つ一つの用法を確認してみる。いささか地味ではありますが、そこに「学習のツボ」があると思うのです。その時には丁寧に辞書を引いて、十分に納得できるまで考えてみましょう。身近に頼れる先生がいると心強いですね。皆さんの学習が楽しく、かつ効果的なものであることを願っています。

                

「緑色のネズミ」について、あと一つ、大きな問いが残っていました。そもそも、緑色のネズミって何なのでしょう?そして、なぜネズミは油につけられるのでしょうか?

一説では、この歌の内容は歴史と関係があるといいます。「アヴィニョン橋」フランス革命時代、ヴァンデ地方で反乱 (la guerre de Vendée) が起こりました。反乱軍の兵士は緑色の軍服を着ていて、「ネズミ」と呼ばれていました。彼らは革命政府の軍に捕まると、厳しい拷問によって処刑されました。その拷問の方法が、熱した湯や油に投げ込むというものだったのです……。

どこまで本当か分かりませんが、一見無害な「子どもの歌」の背後に、大人の世界が透けて見えることもあるでしょう。大人だからこそ分かる面白さが、そこにあるかもしれません。

大人の学習者の皆さん、ぜひ子どもの歌を活用して、学習に役立ててください。

 

挿絵をご紹介した Vieilles Chansons et rondes pour les petits enfants『幼い子どものための古い歌とロンド』(Boutet de Monvel 挿絵、1884年)は、今でも広く親しまれている絵本です。Source gallica.bnf.fr / BnF