地域で育む国際交流の力-フランス語が繋ぐ世界への道-
安齋 有紀(島根大学)
私が島根大学に着任して今年で7年目。この地を通して、私自身のフランス語との関わり方が緩やかに、そして心地よいリズムで広がっているのを日々感じる。例えば、社会人に公開している授業では様々な職種の方と出会うのだが、彼らは学外でもフランス語の勉強会を開くほど学びへのモチベーションが高く、好奇心旺盛な眼差しでアドヴァイスを求めてくる。少数ではあるが、仏検受験者としてその方々を会場で迎えるのは感慨深いものである。
実は、そこで出会った方から島根県はペタンクが盛んだという話を聞き、以前からペタンクに興味があった私はついに松江で初投げの日を迎えた。練習場所に行ってみると、風情あるお寺の敷地内で60~80歳ほどの方々が元気に「bien!」と声を出し合っている。その光景に衝撃を受けると同時に、この地に不思議な縁を感じた。
また、お隣の鳥取県境港ではクルーズ船が寄港すると数時間ほど近隣を観光するのだが、乗客にフランス人がいる場合は「おもてなしフランス語」と題し、ボランティアでアテンドのお手伝いができる方を募っている。ある時、フランス語専攻の学生にボランティアをお願いできないかと地域の方から声をかけていただき、数名が参加した。後で学生から聞いたのだが、教員以外のフランス人と初めてぶっつけ本番で接したのだから、それはもう世界が変わるような日になったらしい。興奮して語る学生の姿に、こちらの方が興奮してしまった。さらに、趣味で続けている音楽活動の場でもヨーロッパの演奏家と交流する機会がこの地に来て増えた。そこで大いに活躍しているのがフランス語である。フランス語圏の音楽家はもちろんのこと、ドイツやイタリアの音楽家もフランス語を流暢に操るので、私がフランス語を話すと知ると喜び、以来彼らとはフランス語でやりとりをしている。
地域でのこうした豊かな繋がりから、フランスを共通項として知り合った方々と地域の国際交流活動の橋渡しができればと2年前に島根県日仏友好協会を立ち上げることになった。教員の立場としても、国際交流活動に関心がある学生のために、先のおもてなしボランティアのように学外でも語学力を活かせる道をつくれないかと、協会や地域の方々と情報交換をしたところ、素晴らしいご縁に巡り会えた。出雲市観光パンフレット「フランス語版」の作成である。
このパンフレットについてここで少し紹介したい。近年、島根県内の自治体においては多言語に対応した観光案内事業が進められており、特にフランスからの観光客のジワリとした増加に伴い、フランス語版での交通案内や博物館の解説作成、通訳ガイド養成が注目されている。そこで、Evianと姉妹都市でもある出雲市の魅力をフランス人観光客に向けて紹介し、誘客を推進しようと出雲市経済環境部観光課インバウンド推進室と協働で、外国人・地元の学生の目線でフランス人観光客の心に響くような新しいタイプの観光パンフレット作成プロジェクトが始まった。
研究室の学生と協定校であるリヨン第3大学からの留学生が市および観光協会と共に現地を見学し、観光地の選定、掲載内容、コメントの仕方について協議を重ね、フランス語による紹介文の作成と現地情報の翻訳作業を経て今年の3月に完成した。ヨーロッパの観光で関心の高い「体験型」の観光案内(坐禅体験、窯元見学、ガラス細工作り、藻塩作り、機織り体験、醤油テイスティング、酒蔵見学、古い街並の散策、漁村での遊覧船体験など)を多く取り入れ、既存の観光パンフレットには掲載されていない観光スポットの紹介と学生たちによる感想・コメント(LINE風)を中心に仕上げた。この活動は、留学生にとって地域の文化を通して日本文化に対する理解を深め、自分の国に向けてその魅力を発信する機会となり、日本人の学生にとって学んだ語学を大いに活かしつつ、地元の観光団体や企業との連携を通して観光客誘致・インバウンド推進を目指す地域の在り方について具体的に学ぶ機会となった。地域という最も身近な場で国際交流活動を実践できたのである。
出雲観光初心者の私も学生たちと一緒に観光地を巡ったのだが、学生たちが伝統工芸の体験に真剣に取り組む姿や、博物館で古代史や仏像について熱心に質問をする姿は大学では決して見ることのない姿であった。さらにその内容をフランス語で紹介するに至ったのだから、本当によく頑張ったと改めて思う。また、留学生が説明を理解していないときには、日本人の学生が自分の引き出しにあるvocabulairesを駆使して対応していた。こういう場面を黙って見守ることができたのは、教師として素直に幸せである。そして、この見学で特に印象に残った光景がある。一畑薬師での坐禅体験である。何よりも坐禅を組む日仏の若者たちの凜とした美しさに圧倒された。その若者たちの姿は、国際交流の未来を映し出しているようにさえ私には感じられたほどである。
この活動以来、授業でも学生たちの学ぶ姿勢に変化があらわれている。大げさに思われるかもしれないが、明らかに学生の目の輝きが今までとは違う。そのような嬉しい変化を感じている中、パンフレット作成でお世話になった出雲市の観光課と印刷会社の方々と遅ればせながら完成打ち上げ会を開き、半年ぶりの再会を果たした。半年前は控えめに接していた学生たちが、それぞれに進路や将来の夢について力強く語り、堂々と受け答えをする、その逞しい姿に驚きと嬉しさと希望を感じたというメールを市の方からその翌日にいただいた。彼らの成長を感じたのは教員である私だけではなかったのだと思わず涙が溢れた。
最近開催したオープンキャンパスでも、高校生に大学でのフランス語の勉強や語学を活かした自分たちの国際交流活動、進路について自信をもって語る学生たちの姿があった。こうしてさらに若い世代へと彼らの力が引き継がれていくのだなと、学生たちの存在が新たな道しるべとなって次世代を世界へ繋いでいく様子を思い描いた。これからも、若い力と地域の力を合わせて国際交流の芽を育み、共にその道を開いていかれるよう、この地でフランス語と共に緩やかに歩んでいくのが楽しみである。
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