第23回 時制を「視点」で整理してみよう(1) (中級)
大阪大学准教授 林 千宏
仏検3級の筆記試験 [2] は、設問文の内容に適した形に動詞を活用させる問題です。
きわめて基本的なテスト形式といえますが、毎回正答率は高くありません。
3級受験ということは、ひととおりフランス語の法と時制は学習したものの、まだ整理できていない。語幹と活用語尾の組み合わせも頭の中でごちゃごちゃ。そんな感じではないでしょうか。その結果フランス語に存在しないつづりの活用を書いてしまっている人も見かけます。これを最低限の努力で覚えられないか?はだれもが考えることですが、なかなかこれ!といった方法はありません。結局はコツコツと地道に覚えるのが一番です。でもそんなことを言ってしまうと身も蓋もありませんね。そこで、たくさんある時制を少し整理してみましょう。そうすればちょっとぐらい覚えるのが楽になるかもしれません。
フランス語の時制を初めて学ぶ多くの方が最初に戸惑うのが過去時制、特に半過去でしょう。半過去の形はさすがにもう覚えているでしょうか。直説法現在 nous の語幹に半過去の活用語尾をつけるのでしたね。例えば finir「終える」は
finir → nous finissons
je finissais | nous finissions |
tu finissais | vous finissiez |
il finissait | ils finissaient |
elle finissait | elles finissaient |
そして用法は、一般的に教科書では次のように説明されています。
「過去のある時点、時期における状態や、過去のある時点、時期において進行中の出来事を表す」(『新・フランス語文法 三訂版』、朝日出版社、2017)
また「反復」や「過去の習慣」といったキーワードも加えて説明されます。おそらく多くの方はこのような説明を聞いたのではないでしょうか。
こんな説明を聞いた後でも、複合過去とどう違うのかわからない、実際に過去の文章ではどちらの時制を使えばよいかわからない、という方も多いようです。
そんな方に紹介したいのが、「視点」を中心とした時制のとらえ方です。
たとえばあなたが直接法現在という時制を用いて語るとき、あなたの視点は現在(A)にあります。目の前で展開されるように語る。それが現在の視点です。
それに対して、半過去はあなたの視点を過去のある時点(B)に移動させ、そこで目の前で展開される事態を語る、そんな時制なのです。つまり「過去における現在」のような感じですね。
現在目の前のことがらを述べる、というのは、それまでにどうであったか、あるいはこれからどうなるのか、にはとりあえず注目はせず、目の前の事態を述べるということですよね。
半過去もそれと同じです。過去のある時点に視点を持っていく。そして目の前の事態がいつから始まったのか、あるいはいつまで続くのかについてはとりあえず注目せず、進行中の事態を目の当たりにしているような時制なのです。例えば次のような状況が目に浮かぶでしょうか。
Quand je suis sorti de l’église, il neigeait.
「私が教会から出ると、雪が降っていた」
ふと街角で目にとまった教会に入ってみると、薄暗い中に思いもかけずきれいなステンドグラスが浮かんでいた、なんて状況がフランスを旅行しているとよくあります。しばらく見とれた後、小さな扉をふたたび開けて暗い教会から出ると外は雪がふっていた、という状況ですね。雪がいつから降っていたのか、それがいつまで降り続けるのか、には触れず、教会から出てきた時点の情景を切り取ったような文章です。こんな感じで半過去が使われます。
このような2つの時制、現在と半過去を、「視点」を真ん中に置き、上下に並べてパラレルに考えてみましょう。
ともに「目の前」の出来事を述べるのですが、一方は現在(A)であり、もう一方は「過去のある時点」(B)です。
では複合過去は?これは現在の視点から、過去を振り返った時制です。つまりあなたの視点はあくまで現在にありつつも、現在から過去を振り返って過去のことを述べています。図示するなら以下の通りです。
ちなみに複合過去の形は
avoir, être の直説法現在形+過去分詞
です。この avoir, être の活用形が現在形ですので、その人の視点の位置(時点)が現在というのも覚えやすいですよね。
このように、現在と複合過去は同じ現在の視点を中心とした時制です。それに対して、半過去という時制は、過去の出来事ではあるものの目の前で行われている、進行中・継続中の出来事を見ているような状態です。だから、いつから始まったのか、あるいはいつまで続くのか(完了するのか)は見ていないのです。
この半過去の視点を中心とすると、この視点からさらに過去を振り返るのが、大過去時制ということになります。
こうしてみると、複合過去と大過去がパラレルにとらえられますね。ここで大過去の形を思い出しておきましょう。大過去時制は
avoir, être の直説法半過去形+過去分詞
です。この時制でも avoir, être の活用形が視点の位置(時点)と一致しており、覚えやすいですね。いかがでしょうか?過去時制について少しは頭が整理されたでしょうか?
では、ここでちょっと練習です。たとえば以下4問はいかがでしょうか。
(1) – Je ne retrouve pas mes stylos.
– Ta mère les ( mettre ) sur la table tout à l’heure. (16春)
(2) – Il dort encore ?
– Oui, il ( se coucher ) très tard hier soir. (17春)
(3) – Il est parti pour Tokyo.
– Ah bon ? Je ( croire ) qu’il était à Paris. (16秋)
(4) – Hier midi, vous étiez fatigués, n’est-ce pas ?
– Oui, nous ( marcher ) toute la matinée. (15秋)
まず(1)。答えは a mis ですね。「僕のペンがみつからないんだ。―君のお母さんがさっきテーブルの上に置いたよ。」tout à l’heure「さっき」という言葉がポイントですね。これは現在の視点から見ての「さっき」です。そんなわけで複合過去が正解です。
(2) s’est couché です。「彼、まだ眠ってるの?―うん、昨日の晩遅く寝たからね。」これも très tard hier soir「昨日の晩遅く」という現在の視点から見ての語がありますね。さらに「寝る」という動作が始まる点をはっきりと示す必要がありますので、複合過去が正解になります。半過去だといつから寝始めたのかが不明です。
(3) 正答は croyais。「彼は東京に出発したんだよ。―ああそうなの?パリにいるんだと思ってた。」ここで最初から示されている動詞の時制は2つ。Il est parti pour Tokyo「彼は東京に出発した」と、il était à Paris「彼はパリにいた」です。問われているのは Je ( croire )「私は思う」ですから、「彼は東京に出発したんだよ。―ああそうなの?彼はパリにいたんだと(私は)思う」ではなくて「―ああ、そうなの?彼はパリにいるんだと(私は)思ってた」が自然に成立するやり取りですね。つまり、「あなたにそのことを聞くまでの状態」を私は伝えるわけですから、半過去となります。ちなみにこの文のように主節も従属節もともに半過去時制の場合、従属節中の半過去はやはり「過去における現在」の意味です。
(4) 正答は avions marché です。「昨日のお昼、君たち疲れてたよね?―うん、午前中ずっと歩いてたんだ。」という意味です。話されているのは、昨日の正午の時点での「君たち」の様子(半過去)で、その理由として「午前中ずっと歩いてたんだ」ですから、それよりも前の出来事を語ることになり、大過去という訳です。ちなみに marcher は助動詞として avoir を用いることも確認しておきましょう。
ちょっと長くなりましたので今回はここまで。次回は未来について考えます。