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第35回 フランス語の発想に基づく語彙力(中級)

 早稲田大学准教授 野田 農

外国語を学習していく中で、一通りの文法学習を終えると、辞書を引きながら、さまざまな文章の読解にチャレンジされる方も多いのではないでしょうか。母語に比べて日常的な経験が圧倒的に少ない外国語を理解する上で、文法的知識と語彙力というのは、外国語学習者にとってこの上ない文章理解の助けとなることは言うまでもありません。一方で日常生活の中で使う表現に関しては、実際の経験の中で、具体的な状況とともに自然と身についていく部分も多く、机の上の学習だけではなかなか学びづらいものでもあります。仏検2級の大問2では、そうした日常生活の中で慣用的に用いる表現に関する問題がよく出題されます。以下では、仏検の過去問を取り上げながら、こうした机の上の学習では学びづらいフランス語の自然な発想に基づく語彙力を磨くヒントに関して解説していきたいと思います。

2023年度春季の仏検2級では例年同様、あたえられた日本語の文の意味になるように(  )内にもっとも適切な語を入れる問題が出題されました。

 

 

 

(1) « Chien (     ) » 「猛犬注意」

正解は Chien ( méchant ). 「猛犬」とりわけ「猛々しい」という意味を持つ日本語をどのようなフランス語に置き換えるかが問われる問題ですが、既にこうした標識や掲示を目にした受験者は méchant という形容詞がすぐに出てきたかもしれません。別解として dangereux や féroce も可能ですが、日本語の「注意」という語に影響されて attention とする答案が多く見受けられました。また英語からの影響でしょうか、形容詞 dangereux ではなく名詞の danger を書く答案も若干見受けられました。    

 

(2) Elle a un (     ) pour le fromage. 彼女はチーズに目がない。

正解は Elle a un ( faible ) pour le fromage. この問題に関しても、日本語特有の「目がない」という慣用表現をどのようなフランス語で置き換えるかが問われていますが、(  )の前に不定冠詞の un が入っていることで、この問題の難易度がより上がったように思われます。というのも、2級レベルの受験者にとっては、正解の faible は、名詞よりもむしろ形容詞として用いられるものというイメージが強いだろうと想像されるからです。ちなみに、名詞 faible は「弱み、弱点」という意味だけではなく「好きでたまらないもの」という意味にもなります。こうした慣用的な用法に関しては、日頃から辞書の用例に目を向けながら積極的に会話表現などで活用してくことも効果的な学習方法となるでしょう。

(3) Il peut (     ) à tout le monde de faire une erreur.                   だれでも、まちがうことはある。

正解は Il peut ( arriver ) à tout le monde de faire une erreur. 動詞 arriver には「着く、到着する」などの基本的な意味に加えて、とりわけ非人称主語の il とともに用いられることで、ある出来事が「起こる」という意味を表すことがあります。この問題に関しても、Il が非人称主語であり、de faire une erreur の部分が意味上の主語であることが分かれば、動詞 arriver を導き出すことができたのではないでしょうか。他方、「ある」という日本語に引っ張られて être や avoir と記した誤答が比較的多く見受けられました。

(4) Il (     ) nuit tôt en hiver. 冬は日が暮れるのが早い。

正解は Il ( fait ) nuit tôt en hiver. 「日が暮れる」あるいは「夜になる」という日本語をフランス語に置き換えようとするとき、tomber という動詞を使うことを考える受験生は多いようで、この問題に関しても tombe とする誤答がかなり見受けられました。tomber も同じ意味を表せる動詞ですが、主語を jour、soir、nuit などとして、La nuit tombe.「夜になる」といった形で使います。この問題に関しては非人称主語の il が入っており、しかも nuit は無冠詞で使われていることにも注意が必要です。こうした点に気づき、fait という正解を導き出せた受験者はそれほど多くありませんでした。

(5) Mon grand frère a la (     ) de la propreté. 兄は潔癖症だ。

正解は Mon grand frère a la ( manie ) de la propreté. 「潔癖症」という日本語の「症」の字から maladie や malade といった誤答が比較的多く見受けられました。日本語では症例や病として扱われる現象も、フランス語においては「熱中」や「偏愛」として捉えられるという違いを通じて、改めて国が違えば文化や習慣も異なることを感じさせてくれる問題でもありました。別解としては、folie や passion などが考えられます。

 

 

このように仏検2級の大問2では、辞書に記載されている単語の基本的な意味を知っているだけでは正解にたどり着けない問題が多く出題されています。語彙力を増やしていくことは、フランス語のより豊かな表現力を身につける上ではもちろん必須の事項ですが、ただ単に辞書の基本的な定義を覚えるだけではなく、それぞれの意味に対して記載されている用例にも目を向け、具体的なコンテクストを踏まえた上で単語の意味をおさえていくことが重要になってきます。また日本語での表現とフランス語での表現の違いにも目を向けながら、フランス語としての表現を学習していくことがより実践的な語学力の獲得に結びついていくと言えるのではないでしょうか。そうした意味で、フランス語の発想に基づく語彙力を意識した学習を日々心がけることが中級以上の学習者にとって重要だと言えます。