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インテンシブコースという試み

横山 安由美(フェリス女学院大学准教授)

1997年にフェリス女学院大学が現在の語学制度を採用してからまもなく10年目を迎える。この機会に私たちの試行錯誤のさまを紹介させていただきたい。フランス語を専門としない学科におけるひとつのフランス語教育のかたちとして皆さまのご参考になれば、たいへんうれしい。

高校生は英語以外の言語の楽しさをイメージできない、ということが出発点だった。大学入学前に履修言語を選ばせても、「易しさ」や「単位の取りやすさ」が基準になってしまう。就職を考えればまず英語、漢字ならば「わかる」気がするので中国語、ローマ字読みだからスペイン語。その国に立体的に接し、挨拶の一言でも口にしてみれば、もっと身近に感じてくれるのではないか。そこでまず、1年の前期に初習外国語5言語(仏独西中朝)のうちから2言語の「入門」科目を全員に履修させることにした。これは文化紹介を行いつつ挨拶や基本表現を教える簡単な科目なので、二言語同時に始めても負担感はない。教師の側も自分の好きな映画や歌を取り上げることができるので楽しい。5言語の「入門」情報が詰まった教員手づくりの共通テキストVarietasはなかなか好評で、「私は5ヶ国語で数字が10まで数えられる」など、学生の自慢の種になっている。

こうして半年いろいろな言語に触れ、その特性や自分との相性をつかんだところで、後期から本格的に始める「自分の」言語とコースを選択する。学科ごとに履修の様態が決まっているのではなく、自由に言語やコースを選択できるところがフェリスの特徴だ(英文科のみ例外)。1年前期を除けば英語を全く取らなくてもよい、としたことも私たちの功績だったと思っている。フランス語だけを週2コマのんびりと学んでもいい。英語とフランス語を週2コマずつ履修する標準的なコースをとってもいい。だが最大の特徴は全言語についてインテンシブコースを設けたことで、これを選ぶと外語系の大学並みに週6コマを学び、3年の終わりまで履修が続く。早朝の授業が続くにもかかわらず、「何語でもいいからインテンシブをとりたい」と考える学生は非常に多い(希望者が多い場合は「入門」の成績で選抜を行う)。とくに女子は語学志向が強い。どうせ語学をやるのなら、人並み以上にやりたい。かつての「教養としての語学」から「自分を差異化する手段」としての語学へと、意識は変わりつつあるようだ。

意識的に選んだコースなので、学生はしっかりとした動機づけをもっている。彼女たちはインテンシブに誇りをもち、10年目の今では学内で一種のステータスを構成しているので、受験生に対しても呼び水になる。教務課の統計によれば、インテンシブの学生は概してGPA評価(成績)が高く、生き生きとした学生生活を送っているそうだ。インテンシブ科目を設けてはいても、+αとしてとらえ、単位を「選択」扱いする大学も多いようだが、フェリスではコース選択に応じて必修単位と履修科目が決定され、インテンシブ生はフランス語19単位を全て取らないと卒業ができない。教務制度と連動させて学生を拘束することで脱落者を減らし、コース所属の自覚をもってもらう。代わりに修了時には「インテンシブ修了証」を発行する。これが意外に励みになるようで、就職活動では(たとえフランス関係の仕事には就けないとしても)「一つのことをがんばった証明」として堂々と示すことができるのだそうだ。

一般に仏文科や仏語学科は「フランスづくし」のカリキュラムで、それゆえに飽きが生じがちな側面をもつが、本学ではフランス語とさまざまな専門分野との組み合わせが可能になる。音楽、環境学、国際経済、日本文学など多様な専攻の学生たちが集って視野が多様化し、クラスが活気づく。インテンシブの学生たちの唯一の共通点は「積極的」であるということくらいか。休憩時間には、ブリジット・バルドーの毛皮反対運動と徳川綱吉の動物愛護は同じなのかしら、といった話題でもりあがる。

それでも自分のフランス語力の全国的なレベルを把握していないと、ついつい自信を喪失し、学習を諦めてしまいがちだ。その意味で仏検の存在は貴重であり、積極的に勧めている。級に応じた単位認定を行い、仏検対策の授業も設けている。小規模校でありながら毎回30人以上の学生が受験し、熱心な学生であれば2年生で3級、3年生で2級くらいに合格する。

留学体験も不可欠だ。一ヶ月の短期研修と一年間の長期留学の双方を単位として認定している。長期留学については、大学付属の語学学校であればどこでも自由に選べる認定留学の制度を採っているが、さらにフランスの大学と協定を交すことを模索中である。国立ゆえの学費の低さ、親日的な国民性、食生活の充実や文化水準の高さなどを考えると、どの国よりもフランス留学の満足度が高い。インテンシブ生ならば毎年2年次から自信をもって長期留学に旅立っている。

もう一つの工夫がIT機器の利用だ。LL教室のCALLシステム導入に続き、今年は全学的取り組みとしてBlackBoardというe-learningシステムを導入した。インテンシブ生の実力を均質化させ、落ちこぼれを減らすためには授業外で自習させることが不可欠だ。音声ファイルをUSBメモリで持ち帰って暗記させたり、動詞活用の練習問題を行わせてそのアクセス回数を評価の対象にしたりすると、がぜんやる気を出す学生もいる。たとえ接続法半過去がわからなくても集中的に勉強を続ければ「きっとどうにかなる」という感覚をもってもらうのに、コンピューターは威力を発揮してくれる (なお東京大学の石田英敬先生の天神システムの活用に参加させていただいたことがたいへん参考になったので、この場を借りてお礼を申し上げたい)。

インテンシブ制度の問題点としては、教務的な煩雑さと人手不足が挙げられる。説明会や個別の履修相談を何度も行い、教務課と言語センターが連携してコース選択手続きや修了証認定作業を行う。各学科の必修科目と重ならないように時間割を組むのは至難の業で、長年にわたる教務委員会での折衝があった。フランス語責任者の私は、いわば「なんでも屋」だ。前期の「入門」ではひたすら仏語履修者を勧誘し(5言語間の秘かな争いがそこにある)、後期は「京大式」の文法教科書を半年で終らせる。こんな授業ノルマの他にも、テキスト作成、ポスター作り、言語センターのホームページ立ち上げ、IT機器の使用に関しての研究(文系女子大では理科系の研究活動も全部私たち若手教員がやらなくてはならない!)、留学する学生の面倒見まで、たくさんの作業を抱えている。

だけれども、インテンシブではいい学生たちが育ってくれる。それがなによりも励みになる。もちろん、卒業後フランスで芸術家として活躍したり、語学力を活かして難関校の大学院に合格して地域研究の専門家になるような大物もいる。だが、たとえフランスと無縁でも、一つの言語と密に接した経験を活かして一人ひとりが社会で強く羽ばたいてくれることが、うれしくてならない。

毎年学園祭にはフランス語劇を上演し、DVDを作成する(こちらの動画をご覧下さいhttp://aurora.scn-net.ne.jp/VB04/VB04.html)。フランス革命を題材に、自由に脚本を書かせ、学生自身に仏訳させ、ネイティヴに発音指導を受けさせる。「王様のマントがない」と言われ、自宅のカーテンを外して徹夜で縫い上げてやったのもいい思い出だ。マリ=アントワネット役の学生はその後ほんものの声優としてデビューしたし、オスカル役の学生は古文書の学科に入り、将来BNでロベスピエールの手稿を読むのを楽しみにしている。

新しい試みとして『演劇から学ぶフランス語』というテキストも開発中だ(Mme Kremerと共著)。フランス語を「ものにする」こととは、試験で満点を取ることでも、ワインや映画についてうんちくを垂れることでもない。本当の自分としてであれ、架空の人物としてであれ、感情を込めて言葉を語り、人の心に灯火を灯すこと。それができて初めて、自分の「もの」になったと言えるのではないか。この美しい言語は、国籍や民族で話者を限定したりしない。フランスという長い伝統が追い求めてきた「普遍的なる価値」を知るには、この国の諸相について断片的な知識をかき集めることよりも、まずフランス語でcommuniquer-communierし、その<美>を体感することが大切ではないだろうか。

2008年は日仏交流150周年記念の年だ。フランス語を通して新しい関係の地平が拓かれることを願ってやまない。