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第11回 言葉のピントを社会の現実に合わせよう(上級)

東京工業大学名誉教授 中山 眞彦

2008年秋季準1級の筆記問題7は、フランス語のテクストの要点について日本語で解答することを要求しています。主題は学校教育における体罰の問題であり、体罰の可否をめぐっていろいろな立場からの意見が示されています。日本でもきわめてアクチュアルな問題ですね。

ある教師が生徒をなぐったということで生徒の親から告訴されました。この事件に対する反応のひとつとして、まずは《Deux syndicats enseignants apportent leur soutien à leur collègue.》(「教師の二つのsyndicatsが彼らの同僚を支持する」)とあります。「彼らの同僚 leur collègue」とはもちろん体罰を加えたとされる教師のことです。

さてsyndicat(s)の訳語ですが、答案では「教師仲間」「同業者の教師たち」などが目立ちました。なるほどそうには違いないが、しかし、ただ「仲間」「同業者」であることと、組織的な集団を結成することとでは、社会的な意義がまったく別です。職場における組合組織は近現代の世界を動かしてきた大きな要因のひとつであります。

もっとも今日の日本では「同業者仲間」と「組合」の違いが判然としない面があるのも事実ですね。職場に労働者組合がない場合のほうがむしろ多数であるといえるかもしれません。だがフランスはそうではなく、たとえば最近のニュースでは、教職員組合syndicat d’enseignants、さらには高校生の組合syndicat de lycéensが、中等教育改革についてデモなどの活動をしている模様がほぼ連日報道されています。

各国の出来事を世界共通の視野でもって捉えることが大事ですね。知的グローバリゼーションとでも言いましょうか。と同時に、共通の事柄にそれぞれの国がそれぞれの言葉をあてはめていることにも注意が必要です。

《(…), le Premier ministre a affirmé que lui aussi le soutenait.》(「le Premier ministreは自分もまた彼を支持すると言明した」。「彼」とは告訴された教師のこと)。le Premier ministreを「大統領」とした答案が少なくない。le Premier ministre =「首相」→ 国の最高代表者 → フランスなら「大統領」、という具合に気をまわしたのでしょうか。しかしフランスにはPremier ministre「首相」とは別に(その上に) Président「大統領」がいます。

《En sa faveur, quelque 150 personnes se sont rassemblées hier devant le collège.》 (「彼(告訴された教師)を支援して、約150人が昨日le collègeの前に集まった」)。le collègeを「小学校」とした答案がやはり目立ちました。フランスの学校制度はécole primaire「小学校」、collège「中学校」、lycée「高校」であることは常識として抑えておきましょう。

以上に関連して、言葉のピントを、述べようとする物事にぴったり合わせることがとにもかくにも肝要です。「筆者は権威をどのように考えていますか」の設問に答えるヒントとして《(…) c’est la capacité à être obéi sans user de la force.》(「それはde la forceを用いないで従えさせることである」)があります。de la forceを「権力」とした答案がかなりの数でした。場合によってはforceが「権力」の意味になることもあるでしょうが、しかしここの話題はあくまでも「体罰」です。ピントがぼけると何を言っているかが曖昧になりますね。

同じ設問へのヒントとして《Si je le fais, c’est que je n’ai plus ou pas assez d’autorité.》(「もし私がそれ(体罰を加えること)をするなら、それは私がもはや、あるいは十分に、autoritéを持たないということだ」)もあります。autoritéを「権力」とする答案がかなりありましたが、これもピンぼけですね。教師に求められるのは「権力」ではなく「権威」であるということを筆者は主張しているわけです。

そんなのはフランス語の知識とは別ではないか、という反論があるかもしれません。これに対しては仏検は明確な姿勢を持っています。なるほどフランス語は一つ(あるいはいくつか)の国に固有な言語ですが、しかしあくまでも世界共通の物事を述べようとしている。日本語もまたしかり。固有と共通のかねあいこそが言語運用の鍵である。この姿勢で仏検のすべての問題を作成しています。とくに上級では受験者がこの姿勢を分かち合ってくれることを期待しています。