第9回 読解はやはり語彙力 (中級)
東京工業大学名誉教授 中山 眞彦
仏検2008年春季2級筆記試験の問題(6)を例に取ります。22行の文章で、要旨は次のとおり。
中心人物はインドの16歳の少女。インドは社会階層上の身分の区別(差別)が大きい(大きかった)と言われます。
中学を卒業した少女は高校に進学しました。高校は家から遠いので自転車を買ってもらいました。ところが通学の途中に上流階級の住宅地があります。下層の身分の者はそこを徒歩で通るのが昔からのしきたりです。しかし少女はあえて自転車に乗ってそこを通過します。その少女を護衛するために警官が同行しなければなりませんでした。
少女の勇気のおかげで古い因習はなくなりました。いまは誰でも歩いてこの地域を通ることができます。18歳になった少女はさらに学業を続けて、将来は教師になりたいと考えています。
以上の要約ができたら、もう山を越した感じですね。そのためにはやはり語彙力が必要です。finir par+不定詞 (~することで終わる、ついに~する)、se mettre en route (出発する)、mettre pied à terre (足を地に置く、歩く)などを知っている必要があります。
さて設問は、問題の文章に内容が一致するか否かを問う文が計七つ。いわゆる○×式です。このうちの三つを取り上げます。
問い(4)。D’après Adhika (少女の名前), même avec les deux policiers, elle aurait pu être tuée. 「Adhikaの言うところでは、二人の警官が付き添ったにしても、殺される目にあったかもしれない。」
設問に対応する個所が問題の文章の中にあるはずです。それを探し当てれば、もう土俵儀をまで追い詰めましたね。ここは《Sans eux (=les deux policiers), j’aurais été tuée.》「彼らがいなかったら、私は殺されたかもしれない。」したがって答えは×(解答欄の②にマーク)。
誤答が約20%。elle aurait pu être tuée と《j’aurais été tuée》が似ている、すなわち両方とも条件法過去である、ということに幻惑されたのでしょうか。土俵際のうっちゃりに用心。même avec euxとsans euxはまったく反対ですね。
問い(5)。Les autres familles《dalits》(Adhikaが属する下層階級)ont décidé de donner raison aux hautes castes pour leur plaire.「dalitsの他の家族はみな上層階級におもねて上層階級の言い分が正しいとした。」
要旨がつかめていれば、×だと見当がつきますね。問題文章では Impressionnées par son courage, les autres familles《dalits》ont décidé de la soutenir malgré l’opposition des hautes castes.「彼女の勇気に感銘を受けたdalitsの他の家族たちは、上層階級の反対にもかかわらず彼女を支持することを決意した。」が該当個所です。
ここも誤答が約20%。設問文のdonner raison à ~「~に理を与える、~に賛同する」がピンとこなかったのでしょうか。
設問(7)。Adhika veut un jour enseigner dans une école.「Adhikaは将来は学校で教えることを望んでいる。」
該当個所は(Adhika veut continuer ses études ) pour devenir institutrice.「Adhikaは勉強を続けて先生になることを望んでいる。」
もちろん○ですね(解答欄の①をマーク)。ここは簡単だと思いましたが、誤答率が25%は意外。きっとinstitutriceで迷ったのでしょう。これはフランス語で「先生」を名付ける仕方に関係します。中学・高校・大学はprofesseur、小学校はinstituteur, institutriceで、なるほどこの区別は日本にはありませんね。しかし「学校」や「教育」は文化の土台ですから、フランス語を学ぶ者として、踏まえておきたいところです。
今回の結論。読解はやはり語彙(単語、熟語)が決め手です。テクストの趣旨を把握するためには沢山の語を知っていることが必要ですし、さらに趣旨のポイントを的確につかむためには語の意味を正確に理解していることが肝要です。ポイントとなる語をたまたま知らなかったのは、さしあたり運が悪かったわけですが、しかしこの方面の開運は人の努力次第であると、体制を立て直しましょう。