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押し入れにしまってあったノートや参考書を引っ張り出して

2010年 春季2級合格
鳴戸眞理子 (主婦)

私は主人の仕事の関係で5年半スイスのジュネーブに住んでいました。日本では短大時代に第二外国語でフランス語をほんの少し勉強しましたが、本当に挨拶や数字が数えられる程度の知識しかなく、最初の数ヶ月はスーパーへ行くときにも辞書を常に持ち歩き一つ一つ調べなら買い物をする毎日でした。

しかしながら初めてのヨーロッパの生活は見るものすべてが新鮮で、この5年半の生活は私の生涯で最も刺激的なものとなりました。私が住んでいたのはスイスとフランスのちょうど国境のあたりで、歩いてフランスにも行くことができ、物価の安いフランス側へもよく買い物に行きました。週末には1時間程度で行けるモンブランの麓の町シャモニーでのスキーを楽しむこともでき、楽しい山々は今も目に焼き付いています。

最初は生活のために語学学校に通い始めましたが、勉強していくうちにすぐ使えるのでどんどん楽しくなり、当時はまだ20代であったこともあり、帰国後はフランス語を使った仕事に就きたいと思うようになり、毎日学校へ通い家に帰ってからは何時間も宿題や勉強をしました。その甲斐あって2年後にはジュネーブ大学の外国人用のクラスに入ることができ、日本では絶対に知り合うことのないような世界各国の友人との交流を図ることができました。

しかし帰国後は思うようにフランス語を使った仕事は見つからず、日本の会社を転々とし、フランス語とは全く接することなく15年が経ってしまいました。現在は昔勤めていた知識を買われ生命保険会社での事務の仕事をしていますが、昨年たまたま私たち夫婦は銀婚式を迎えることとなり、その記念にもう一度、昔住んでいたジュネーブの家やパリに行く事を計画しました。

行くからには昔のように会話が出来なくては悲しいと思い仏検の受験を決意、押し入れに大切にしまってあった、当時の自分で作った勉強ノートや現地の参考書、仏仏辞典などを引っ張り出し、独学で復習をしました。あとは過去問をやっただけですが、ヒアリングのCDを試してみた時ほとんど満点で耳が忘れていないことを大変嬉しく思いました。

その後念願叶って秋には15年ぶりにスイス・フランス旅行を実現 ! ジュネーブに降り立った時はまるで外国とは思えず、故郷に帰って来たような気がしました。ジュネーブではレンタカーを借り、昔よく行ったフランスの田舎町に行ったり、馴染みのレストランやお店での買い物も当時と同じようにスムーズに出来ました。パリでも地下鉄やタクシーで自由に動け、本当に不自由なく旅ができて、素晴らしい銀婚式の記念旅行となりました。