dapf 仏検

apef アペフ

  • サイトマップ

第20回 自然なフランス語を書くためには?(上級)

慶應義塾大学准教授 井上 櫻子 

 

仏検では、上級レベルの準1級、1級に達すると、和文仏訳の問題が登場します。特に、1級では和文仏訳の配点は20点と、書き取り、聞き取り 1 番とならんで1次試験の中で最も配点が高い設問ですから、この問題を制することなくして仏検最上位級合格はあり得ないと言ってもいいでしょう。

作文力を高めるには、文法や構文に関する知識固めと豊かな語彙の獲得が大前提となりますが、加えて「自然なフランス語」を書くためには、日本語の発想とフランス語の発想の違いに対するセンス、そしてフランス語の単語および表現のもつ細かなニュアンスに対するセンスをみがくことも不可欠です。

 

                


ここでは、2014年度春季1級の問題を例に検討していきましょう。

今回は、隣人である老婦人から遠回しに庭を掃除してほしいと頼まれたときの印象を語った生活情景の一コマをどのようにフランス語で表現するか、受験者の技量が試される問題でした。

(問題)

 玄関を出たら、お隣のおばあちゃんが寄ってきた。嫌味たっぷりに「きのうはひどい風でしたね」と言うので、「またか」とお隣の庭先をみると、案の定、うちの庭木の葉がたくさん落ちていた。どうせなら「掃除してちょうだい」とはっきり言ってほしい。

(解答例)

 Alors que je sortais de la maison, la mamie d’à côté s’est approchée de moi. M’ayant dit d’un ton aigre : « Il y avait un vent terrible hier, n’est-ce pas ? », j’ai pensé « encore ! » en regardant son jardin : comme je m’y attendais, il était jonché de feuilles de notre arbre. S’il en est ainsi, j’aimerais mieux qu’elle me demande clairement de les balayer.


  
      

多くの受験者がつまずいたところを順に見ていきましょう。

1つ目の文は、比較的取り組みやすいように思われるかもしれません。しかし、ここにも落とし穴があります。実際に、答案の中には、冒頭の一節、「玄関を出たら」Alors que je sortais de la maison の「玄関を(=玄関から)」を de la porte de ma maison としたものがかなりありました。おそらくは、日本語の「玄関」という語をフランス語の語彙に忠実に置きかえようとした結果でしょう。
しかし、フランス語の発想では「玄関を出ること」とは、「家を出ること」だととらえますので、de la porte は不要です。同様に、「玄関を(から)」を de l’entrée、de la sortie とした答案もかなりありましたが、これも不可です。
 

同様に、2つ目の文の「お隣の庭先をみると」en regardant son jardin の「庭先」についても、受験者が「庭先」(特に「先」)という語のニュアンスにとらわれ、無理にフランス語に写し取ろうとしたようです。そのため、le (un) bout de son jardin、une partie de son jardin とした答案が少なからず見うけられました。ここは言葉のあやに惑わされず、「語り手は結局何が言いたいのか」ということだけを考慮に入れて少々発想転換すれば、意外とシンプルに処理できたところです。

以上の2つの事例は日本語とフランス語が必ずしも一対一対応しないことを示す好例だと言えます。


         

また、本問にはフランス語の単語および表現のもつニュアンスに対するセンスが試された箇所もありました。

まず、2つ目の文の冒頭の一節「嫌味たっぷりに」d’un ton aigre です。この問題で最も難しかった箇所のようで、ほとんどの受験者が ironiquement としていました。しかし、この語は「嫌味」(相手を不快にさせる言葉)というよりも「皮肉」や「風刺」(相手を非難すること)の意味合いが強くなり、問題文のニュアンスとはやや異なります。

次に、3つ目の文の一節「掃除してちょうだい」の「掃除する」(les) balayer(=「掃く」)を nettoyer とした答案が数多く確認されましたが、nettoyer は「清潔にする」「汚れを落とす」を基本義としますので、ここでは不適切です。

                

それでは、日仏の発想の違いに対するセンス、フランス語の単語および表現のニュアンスに対するセンスはどのように培われるのでしょうか。

まず、日頃から辞書(1級であれば仏和辞典だけでなく、Le Petit Robert のような仏仏辞典も)の定義を、用例も含めて丁寧に読み込むのが肝要であることは言うまでもありませんが、さらに、新聞や雑誌などを読んでいて「フランス語独特の表現だ」と感じる表現を自分で書き出して覚えていくのもきわめて効果的です。自分の手を動かし、「表現集」を作っていくのは時として面倒に思われるかもしれません。しかし、このような手堅い作業を通してこそ、1級合格のゴールは確実に近づいてくるのです。